NWH後のノーマンとオットー。
背中に違和感を覚え、ノーマンは振り返った。原因はすぐに判明した。アームの一本がノーマンの着ていたパーカーのフードを掴み、軽く引っ張っている。 「何かご用かな」 このアームたちには意思がある。始めは訝しんでいたノーマンも、そこそこ長い共同生活の中で認めざるを得なくなってしまった。彼らには知能があり、感情があり、そして個性がある。それを見分けることができるのは、彼らを作った(あるいは父と呼ぶべきか)オットーだけだった。 アームはフードを離してくれが、ノーマンのそばを離れようとしない。 「ええと、遊びたいの?」 この奇妙なやり取りに、彼らの統率者であるオットーは気づいていない。先程から何やら真剣に作業をしているので、声をかけるのも憚られる。 ノーマンは金属の頭にそっと触れた。冷たい。しばらく撫でていると満足したのか、アームはノーマンから離れていった。
勿論、始めからうまくいっていたわけではない。アームたちは当初、ノーマンに対して警戒心を持っていた。兄弟のひとりを切断されたのだから当然である。お詫びに修理を手伝ったが、なかなか信頼を得ることはできない。オットーに近づこうものなら、彼らは鎌首をもたげ、威嚇した。 それでも一緒に生活する内に、アームたちはノーマンに懐くようになった。というより慣れてきた。あるいは、彼らの父親がノーマンと接する様子を見て、徐々に警戒心を解いていったのかもしれない。 仲良くなったことは嬉しいが、ここ最近、アームたちからのいたずらが多い。どれも危害を加えようという意思は感じず、実際怪我に繋がるようなこともない戯れ程度のものだが、ノーマンは戸惑っている。 大型犬に付きまとわれている気分だ。しかも四匹も。 ローテーブルに置かれたカップを片付けるために、ノーマンはソファから立ち上がった。隣に座る男はテレビの画面を見つめている。彼の目の前にあるコーヒーはすっかり冷めているだろうが、気にする素振りも見せない。新しいものを入れてやろうかと考えながらキッチンに向かうノーマンの腰に、アームの一本が巻き付いてきた。 幸いなことに、カップは両手でしっかりと持っていたため、割れることはなかった。拘束、といっても、その気になれば簡単に振りほどけそうなものだ。振りほどくことはできるが、彼らの意思を無下にしているような気持ちになる。 「どうかした? 調子が悪いの? それとも何か言いたいことがある?」 意思の疎通を試みるが、金属の塊は何も言わない。言ったところで、ノーマンに理解できるとも思えないが。 アームは腰に巻き付いてきたままだった。 ノーマンは困ってしまった。このままでは埒が明かない。仕方なく、彼らの「父親」に助けを求める。 「オットー」 「ん?」 「君のアームくんが離してくれないんだけど……」 アームに拘束され、身動きが取れなくなっている友人の姿を見て、オットーは目を丸くした。 「こら!」 父親から注意を受け、アームは素直にもとの場所へ戻っていく。 「すまない。フローは比較的言うことを聞いてくれる子なんだけど」 「気にしないで。よくあることだから」 オットーは目を瞬かせた。 「よくある?」 「うん。この子だけじゃないよ。服を引っ張ったり、さっきみたいに巻き付いてきたり。もしかして、気づかなかった? いたずらされてるだけかなって思ったけど」 「お前たち、なんでそんなことを」 四本のアームたちは各々固く無機質な音を発した。当然、ノーマンにその意味はわからない。彼らの父親は黙って「子供たち」の話を聞いていたが、やがてみるみる顔が赤くなっていった。 「なんだって?」 「……知らない」 「知らないってことはないだろう。それにどうしてそんなに真っ赤なの?」 「もうこの話は終わりだ!」 ノーマンはさらに追求を続けようとしたが、これ以上やると相手が不貞腐れる危険もあり、結局謎の解明より日々の安寧を優先した。
カーテンの隙間から漏れる光が、眼球をじんわりと刺す。ノーマンは目をこすった。 朝食の準備のために起き上がろうとすると、腰に冷たいものを感じた。 「おはよう。君はフローだね」 こことは別の宇宙のあるマンションの一室で、一緒に作業をしていたオットーは呟いた。このアームは彼の意識と繋がっている、と。だからこれまで起こしてきたことも、操られていたのではなく、本来持っていた欲望が表面化されただけかもしれない、と。 ならばこれもそうだろうか。 ノーマンはシーツに潜り、隣で眠る男の体温を感じながら、再び目を閉じた。