ゆったりとベッドに寝そべりながら、しなやかで上質な筋肉の動きを楽しむ。さすがは名だたる娼館で最も客を呼ぶ男。寛いだ横顔には、情事のあと特有のいやらしさもない。気怠げな雰囲気は、むしろ彼を一層優美に見せる。 「何か?」  男は美しい声で尋ねた。 「失礼。君があまりに美しいから。それとも美しいものを見つめるのに、何か理由が必要かな?」 「お上手なこと」  男は薄っすらと微笑んだ。怜悧な瞳が柔らかく光る。 「ネレウス様に口説き文句をご教示いただかなければ」 「これでも誠を尽くしているつもりだがね」 「あなたはいつでも嬉しいお言葉をくださる」  甘い声で囁やけば、男はくすぐったそうに笑う。 「今日は君に贈り物があるんだ」  貝殻を素材とし、精巧な細工が施されたケースの中には、首飾りが納められている。中央にはネオンブルーに輝く青い石、その周りを小さなダイヤモンドが彩る。 「パライバトルマリンと言ってね、まるで海のような色だろう」 「綺麗」  ほっそりと白い指先が、冷たい光を撫でる。ため息が出るほど美しい光景だった。男はまじまじと宝石を見つめるが、品定めをするような下品さはなく、このような贈り物など、飽きるほど目にしてきたのだろうと察する。  しかし、それでもネレウスが持参した首飾りは、数ある贈り物の中でも一級品であろう。石は小粒だがすべて混じりけがなく、海底に降り注ぐ光を通してしまう。 「ネレウス様の武具と同じ色ですね」 「そう、ゼベルの色だ」  ネレウスはこの青に惹かれた。当然、値札など見てはいない。男もそれは心得ているらしい。仕事柄、宝石や貴金属の真贋、細工の巧拙を見分ける目は持っているが、あえてそれを口にしたりはしない。品格とはそのようなものであり、男が相手をするのは、生まれながらに品格を兼ね備えた人間たちだった。 「やはり俺の見立通り、君の白い肌によく映える」 「本当にお上手」 「美しいものを前にすると、着飾らないではいられないのだ」  ネレウスはふと、青い石に触れた。 「おかしなことを聞くが、君はこれをもらって嬉しいか」 「もちろん。このような美しいものをいただいて、喜ばない者がいましょうか。何よりネレウス様、私のためにお選びになったのだというお気持ちこそが嬉しいのです」 「そうか……」  不安そうに揺れる男の瞳を、ネレウスは愛おしげに見つめた。 「なあに、数日前の『失敗』を思い出してね」

「ネレウス様」  突然名を呼ばれ、慌てて振り返ると、探していた人物がそこに立っていた。 「バルコ」  咄嗟に、何を話せばよいかわからなくなってしまう。いつもは流暢に舌を滑る睦言も、この男を前にすると途端に堰き止められる。  ネレウスは相も変わらずアトランティスへ視察、というより遊びにきていた。王宮内でひとを探すのは少々骨が折れるが、相手のほうからやって来るとは。しかし、なぜかバルコは眉を寄せ、怒っているようだった。もちろん、ネレウスに心当たりはない。いや、正確には、心当たりは多くあるが、そのどれも今更激怒するようなことではない。  バルコはネレウスのほうまで泳いでくると、ぐっと片腕を突き出した。 「なんですかこれは」  そこには真紅の珊瑚で作られた簪が握られていた。先日、ネレウスがバルコに贈ったものだ。 「ええと、赤はきらいだったか?」 「違います!」  声を荒げるバルコを前に、ゼベル国の皇太子殿下は大きな体を縮こませる。 「これを見た侍女たちが真っ青な顔をしておりました。彼女らは陛下のお召し物や装飾類を仕舞う部屋も管理していますから、私などよりよっぽど目利きだ」  バルコはため息をついた。 「これは安々と差し出すようなものではないと。慌てて調べさせたら、国の予算半月分をゆうに超える代物。あなたは、なんてものを贈ってくれたんですか!」  バルコの言葉に、ネレウスはぱちりと目を瞬かせた。そして、それほどまでに驚くような価値があったのかと、今になって気づく。  なんてことはない。陽の光のように真っ赤な簪を見たとき、きっとバルコに似合うだろうと思った。それだけのことだ。聞いた値段も、大騒ぎするような数字だとは思わなかった。が、ここで言っても火に油を注ぐだけだと思い、黙っていることにした。  バルコはぐっと簪を押しつけた。 「お返しします」 「お前のために選んだのに?」 「こんなに高価なもの、いただけません」 「金額のことは心配するな。これくらいでは破産しない」 「そういうことを言っているんじゃありません!」  人目も憚らず言い合う彼らを、とうとう城の主であるアトランナが諌めにきた。 「あら、綺麗な色」  彼女は平坦な声でそういうと、簪を光にかざした。 「せっかく贈ってくださったのに、お返しするなんて失礼でしょう。これは私が預かります。それでいいですね?」 「はあ」  納得はしていないが、女王陛下にそう言われ、バルコは大人しく引き下がった。 「それからネレウス皇太子殿下」  女王陛下は優雅に微笑む。 「あまりバルコを困らせないようにって、言ったでしょう?」

「やはり宝石の類はいやだったのだろうか」  そう呟くと、隣で眠っていた男がゆるりと顔を上げる。 「美しいものをいただいて、喜ばない者などおりません」 「いるんだよ、これが」 「その方はあなたの贈り物の価値がわからなかったのです」  その後、いろいろと反省したネレウスは、改めてバルコに何か欲しいものはないか尋ねた。彼は少し考えてから、「アトランティスに来るのを控えるように」と言った。  ネレウスは一月耐えた。が、それ以上は無理そうだったので、明日にでもバルコの顰め面を拝みにいく。