学生時代のノーマンとオットー、それからギスギス期のふたり(ライミ版1の前あたり)。 小説版ではノーマンがんがん喫煙してますが、まあいいか…。

ノーマンと仲よくしていることを知ると、大概のひとは顔を顰めるか、呆れたような視線を向ける。あるいは、羨望や嫉妬の眼差しを受けることもある。そのどれも見当違いであると、オットーは思う。ノーマンは彼にとって、ちょっと顔が綺麗で頭がよいだけの、ただの青年だった。  それでも、友人の金色の髪はかなり目を引いた。どこへ行ってもすぐに見つけてしまう。 「オットー!」  人の波を縫って、ノーマンが駆け寄ってくる。走ってきたのか、頬が赤い。 「さっきの講義納得できないところがあるんだ。この前のレポート提出した? 図書館に行くの? 僕もついていっていい?」  わあわあと纏わりついてくるこの後輩のことが、オットーは嫌いではない。意外かもしれないが、話は合うし、明るくて素直だ。オットーはそこまでひとと話すほうではないが、不思議と気疲れすることはない。  タイプはまったく異なるが、一緒にいると心が凪いでいく。 「よく見つけられたね。こんなにひとが多いのに」  授業時間が終わったばかりのためか、廊下は生徒たちでごった返している。 「僕は君を見つける天才なんだ。……まあこれは半分冗談。君ってすごく背が高いから、すぐ見つけられるよ」  ノーマンはいたずらっぽく笑う。そういう彼は比較的小柄なほうで、ふたりで並んでいるとまるで大人と子供だとからかわれることもあった。 (僕だって、君を見つける天才だと思うけど)  オットーは声に出さずに呟いた。

最近、金髪を見かけると、オットーはつい振り返ってしまう。大体は外れだが、たまに引き当ててしまうこともある。  棟のすみに明るい色を見つけ、オットーが思わず目を向けると、彼の友人がぼんやりと立っていた。 「ノーマン」  声をかけると、ノーマンは驚いたように顔を上げた。 「なんだ、君か。びっくりした」 「何やってるの?」  尋ねてはみたものの、オットーはすでに見当がついていた。煙の匂いが辺りに広がっている。 「煙草。ここ、あまりひとも来ないから」  薄い唇がフィルターを噛む。 「いる?」  ノーマンは煙草の箱を振った。乾いた音が聞こえる。 「僕、吸ったことないから」 「本当に? なら一本だけ」  オットーは恐る恐る煙草を咥えた。 「少し屈んで」  言われるままに膝を曲げると、目の前で火花が散る。煙草の先端から立ち昇る煙で、火がついたことがわかった。 「吸い込んで」  口の中に苦味と熱が広がった。堪らず煙草を口から離し、激しく咳き込む。 「まずい……」 「ははは」  煙で滲む視界の先に、友人の姿だけが妙に明るく浮かんでいる。

「仕事のストレスをニコチンで解消しようとするのはどうかと思うけどね、オクタビアス博士」  棘を含んだ忠告に、オットーは舌打ちした。この友人は、気まぐれに研究室を訪れてはいちいち余計な一言を吐いて、ひとの神経を逆なでしてくる。その上、今日はタイミングが悪かった。論文の執筆に追われ、ただでさえ忙しい中、冷静な頭で嫌味の対応などしてられない。  ノーマンは変わってしまった。彼が設立したオズコープは、今や国内最大規模の軍需企業となった。その代償は、彼の良心だった。友人は魂を国に売ったのだ。 「君だって吸っているだろう」 「私は禁煙した」  机で遮られてなかったら、その忌々しい横顔を殴り飛ばしているところだった。  確かに、ノーマンからは煙の匂いがしない。あれは一度染みつくと、なかなか落ちない。少なくとも、数日で消えるものではない。どうやら、彼は本当に禁煙に成功したようだ。  そもそも最初に煙草を勧めてきたのはノーマンのほうである。それなのに、彼はひとを巻き込むだけ巻き込んで、自分は素早く逃げ出した。いつもそうだ。いつもこの男はオットーを置いて、どんどん遠くへ行ってしまうのだ。 「もう若くないんだ。やめるか、せめて本数を減らせ」 「わかった、わかったから」 「なんだ、その言い方。せっかく心配してやってるのに」  オットーは灰皿に煙草を押しつけた。まだ十分な長さがあったのに、それはぐにゃりと曲がって、もう価値のないものになった。体は熱いのに、指先だけ妙に冷たい。 「最初に煙草を渡してきたのは君だろ。……ああ、そうか。そのせいで私は命を削られているわけだ。さすが、オズコープ社長。君の作った兵器で今日も何千人と死んでいるが、あの頃から人殺しの才能があったわけだ」  その瞬間、ノーマンはひどく傷ついた顔をした。下唇をぐっと噛む癖は、学生時代から変わらない。だから彼がどれだけ動揺しているのか、オットーは手にとるようにわかる。 「もう行くよ。プロジェクト参入の件、考えておいてくれ」  オットーは何も言わなかった。  友人は変わってしまった。  変わったのは友人だけだと思いたい。