男がふたり立っていた。 ひとりは肩まで揃えた赤毛に、筋骨隆々の大男。おまけに彫刻のような冷たさの、端正な顔立ち。 もうひとりは腰まで伸びた黒髪をきっちりと結い上げた細身の男だった。こちらも眉目秀麗だが、どちらかといえば妖しい、蠱惑的な印象を受ける。 どちらも寂れた港町には似つかわしくなく、人々の視線を集めている。容姿の美しさだけではない。どこか浮世離れした雰囲気の男たちだった。天からの使いだと言われても、驚きはしないだろう。 不意に、赤毛の男が口を開いた。 「暑い……」
「だからついてこないほうがよいと申し上げたのに」 バルコは黒い髪を揺らしながら先へ進み、こちらを振り返りもしない。 「暑いし、埃っぽい。ひどい場所だ」 ネレウスは先程から不満が止まらない。 久方ぶりの再会だというのに、バルコの反応は冷たいものだった。会話もそこそこに、今から地上に向かうと言う。 「大型船の事故があったのです」 どうやら事故のあとの、形式的な調査らしい。 「それ自体は珍しいことでもありませんが。先月、黒い油が流れ着いたでしょう? それでみな警戒しているのです」 ネレウスも一度だけ陸地に上がったことがある。しかし、父親と護衛を合わせて十数人という大所帯で、しかも浜辺を少し歩いただけだった。今回のように、ひとの往来がある場所は初めてだ。こんなに乾燥したところでよく生きていけるものだと、感心と侮蔑が混じり合った感情で、ネレウスは港の様子を眺める。 「あんな小さな家でどうやって暮らすんだ? それにあの原始的な機械はなんだ! あれでひとを運んでいるのか?」 「さあ」 文句を言うわりに好奇心旺盛なネレウスはきょろきょろと落ち着かない。相手をするのも疲れてきた。 「ネレウス様、少し静かに……」 バルコの体がぐらりと揺れた。体勢を立て直すまもなく、地面に叩きつけられる。 「大丈夫か!?」 ネレウスが慌てた様子で助け起こしてくれた。どうやら、思っていたよりも体は陸での移動に慣れていなかったらしい。 「怪我はないか?」 「ええ、下が土で助かりました」 顔を上げると、赤髪の皇太子は唇を噛み、明らかに笑いを堪えている。 「なんです?」 「すまん、いや、あまりにも見事に転んだからつい」 バルコはため息をつき、立ち上がった。 「怒ったか?」 「いいえ、呆れているんです」 実際、多少は腹が立ったが、ネレウスの顔を見ているうちにどうでもよくなってきた。この赤髪の王子は、ひとを脱力させることに長けている。彼といると、いちいち悩んだり怒ったりしている自分が馬鹿馬鹿しくなってくるのだ。 服についた砂を落としていると、突然体が浮いた。ネレウスはバルコの体を横抱きにし、そのまま歩き出した。 「下ろしてください!」 「なぜ? 足を痛めているかもしれないだろう。どこか座れる場所でしっかり見てやる」 「あああもう……こんな往来で」 「お前は軽いなあ! ここに来なければ気がつかなかった」 歯の浮くような言葉も不思議と違和感がない。バルコはできるだけ周りの景色を目に入れないようにし、とにかく一刻も早く足が地面につくことを願った。