監禁されている参謀のところへ訪れる王

窓のある部屋に、とは言っていたが、これほど開放的な空間だとは思っていなかった。壁際に立ち、じっと窓の外を見ているバルコは、とても監禁されているようには見えない。腕にかけられた手錠と、周りを囲む兵士の姿がなければ、誰もこの男を王に仇なした囚人だとは思わないだろう。  王を前にして姿勢を正す兵士たちに、ネレウスは頷き、口を開いた。 「ふたりにしてくれないか」 「しかし」 「逃げようと思うほど、こいつは無謀ではない」  兵士たちは次々と部屋をあとにし、やがて扉が閉まった。 「愚かな」  そう言ってネレウスが笑っても、目の前の囚人はただ静かに微笑んでいる。 「なぜあのようなことを」 「なんのことでしょう」 「すべてだ。地上の半端者のことも、トライデントのことも、あの場で余計なことを言ったのも」  バルコはやや大げさに肩をすくめる。合点がいった、と言わんばかりの態度だが、どうせ彼のことだから、何もかも始めからわかっている。わかっているくせに知らないふりをして、こちらに言わせようとする。 「今はどちらに」 「甲殻王国だ。あと数分で着く」 「どおりで、部屋が暑いと思ったら」  沈黙が降りる。 「あなたは本気で勝てると思っているのですか」  ネレウスは鼻で笑った。それこそ、聞かなくてもわかっているだろうに。 「海の覇者となるお方の、いちばんの同盟国となれば、ゼベルの未来も安泰だ」 「そう、うまくいくでしょうか」 「今のところすべて予定どおりに進んでいる」  正確には、ネレウスにも想定外の事態が起こった。娘が謀反者の味方についたのだ。 「娘を誑かしたのもお前か」 「まさか。私は必要なものをお渡ししただけ」 「あの子を巻き込んだのは牽制のつもりか」  バルコがじっとこちらを見つめる。彼の目は、光の具合で様々な色を見せる。今は深海のように深い青。 「あなたは変わられた」 「常に先を読んで策を講じる。お前が教えてくれたことだ」 「光栄ですね。ゼベル国王陛下にお力添えできて」 「褒めてないぞ。わかっているのか?」  バルコはくつくつと笑う。こいつはとんでもない性悪のくせに、時折子供のように笑うものだから、余計にたちが悪い。  船が大きく揺れた。 「着いたか」  編隊は各将軍に任せているが、上に立つ者がいつまでも前線に出ないわけにはいかない。  お喋りの時間は終わりだ。 「お嬢様なら大丈夫です」  突然バルコがそう言った。 「あの方は強い。それに、そばにはアーサーもいます」 「なぜ無事だとわかる」 「あの子は私が鍛えましたから」  それなら娘だって同じ、ネレウスが直々に鍛え上げた。 「ネレウス殿」  今度こそ、部屋から出ていこうとするネレウスに、バルコは声をかける。 「ご無事で」  ネレウスと入れ替わるように、兵士たちが戻ってきた。扉が閉まる。  牢から出られるようかけ合ってやろうか、そう何度口にしようとしたかわからない。最後の瞬間、呼び止められたネレウスは僅かに期待した。「ここから出してほしい」、「助けてほしい」、そう言ってくれるのではないかと。だが、あの男は期待どおりの言葉をくれなかった。「ご無事で」。何が「ご無事で」だ。今すぐ殺されるかもしれない囚人のくせに、ひとの心配などしている場合か。ただ殺されるだけならましだ。ここで裏切りは許されない。徹底的に痛めつけられ、殺してくれと懇願しながら苦しみぬくことになるかもしれないのに。  すでに部下たちが集まっていた。外には多くの軍艦の姿も見える。いっそあの部屋に砲弾でも当たって、一瞬で死ねるようにしてくれたらよいのに。  あるいは。 (あるいは、どうか無事で)  そしてもう一度話をしよう。