テーマは「お互いのことまったくわかってないバルネレ」
「すべてお前の望み通りか」 ネレウスの言葉に、男はゆっくりと振り返った。長い髪には白い毛が混じっているが、華奢な体に光る水面のような青い目は、初めて会った頃から変わらない。 「なんのことでしょう」 「白々しい。陸の半端者を鍛え、トライデントの在り処を教え、現王を引きずり降ろして海の支配者とさせる。おまけに敬愛する女王まで戻ってきて、お前は満足か? 一体いつから謀っていた?」 細身の男、バルコは淡く微笑んだ。 「ネレウス殿、ひとつ訂正させてください」 「なんだ」 「あの方は海を支配するつもりなんてありません」 体重の軽い彼は、ほとんど波を立てずにネレウスに近づく。 「ただ海があの方の声を聞き、それに応えるだけ」 「陸の半端者の声をか?」 「あるいはだからこそ」 「オームも哀れだな。陸の血に負けるなど、屈辱以外の何ものでもない」 「殿下はもう少し外への見聞を広げたほうがよろしいでしょう」 その声には憐憫と愛情が混じっているように思えた。 「ネレウス殿こそ、王の義父に収まるとは。『陸の半端者』にご不満はないのですか」 「仕方あるまい。メラは、あの子は一度こうだと決めたら絶対に折れん」 ネレウスはため息をつくが、その顔は娘への愛で満ちていた。彼は王族にしては珍しいほど、近親者への愛情を隠さない。それをバルコは好ましく思っていた。たとえ、為政者として求められる素質ではないとしても。 「それにトライデントが選んだ者だ。陸の血で汚れていたとしても」 「だから望まぬ相手にも膝を折ると?」 「私を責めているのか。お前にその資格があるか」 ネレウスは触れられる距離にまでバルコに迫る。一瞬、透き通るような目の青さに怯んだが、かまわずに続ける。 「手を汚してでも実を取る。泥を啜ってでも生き延びる。それが政治というものだろう」 ネレウスは自らが賢王の器ではないことを知っていた。ゼベルの国力では他国に敵わないということも。だからこそ、常に状況を読みながら立ち回り、最善の手を選ぶ。 「お前だって同じだろう。所詮我々は同類だ」 「いいえ、ネレウス殿。あなたと私は違います」 驚いて目の前の男の顔を見ると、青い目は柔らかい光を宿していた。 「だってあなたは、こんなにもお優しいのですから」 ぐっと噛んだ唇から鉄の味が広がった。いつだって男は、ネレウスの望む言葉をくれない。近づいたと思ったら突き放され、それでも目で追うのをやめられない。 「俺を知らないくせに」 せめてもの意趣返しのつもりで忌々しげにそう言うと、バルコは小さく笑った。 「そうですね。私はあなたのことを何もわかってあげられない」