初創作でした。
いちばん始めの記憶は女のひとの笑顔だ。きれいなひとだった。続いて横から男が私の顔を覗き込む。ふたりは顔を見合わせ、微笑む。幸せな記憶だ、と思う。でも夢かもしれない。それくらい不明瞭だ。 次の記憶は確かなものだ。6歳の私。銃を渡される。撃つ。飛び散る赤。衝撃で手が痺れるように痛い。 なにをしても、なにをされても、なにも感じなかった。心をどこかに置いてきてしまったようだ。ただ言われたことをやるだけだ。そのほうが楽で、いい。 真っ暗な道を進んでいるみたいだ。周りがどうなっているのか、いつまで続くのか、どこに辿り着くかわからない。
ずっとこのままなのだろうか。
光がすべてを焼き尽くしながら迫ってくる。青い海も白い砂浜も次々と飲み込まれていく。 死ぬときはきっとひとりだろうという、私の予想は外れた。彼女がいる。ふたりとも助からない。私たちだけじゃない。ここにあるもの、すべてが消滅する。巻き込んで悪かったなという気持ちが今更湧いてきた。同時に誰かの隣で生を終える喜びも。
けど、もっと君のこと知りたかったな。怒った顔や悲しそうな顔ばかりしてた。もっと笑顔が見たかった。笑顔にしたかった。
―眩しい。 目を開けると蛍光灯の光が刺さってきた。眠っていたようだ。ソファの上で不自然な体制をとっていたからか、あちこちが痛い。いつの間にか毛布が掛けられていた。 夕食後、一緒にDVDを見ていたはずだ。テレビがなにも映していないということは、僕が眠っている間に終わってしまったか、気を利かせて消したのだろう。彼女は僕が寝ているソファの下にいた。膝には僕たちの大切な家族の黒猫。彼はもともと僕が飼っていて一緒に連れてきたのだが、気づいたら彼女にばっかりくっついている。なんだか悔しい。 「起きた?」 背後の気配に気づいたのか、彼女が声をかける。柔らかい声。 「うん」 僕はもぞもぞと起き上った。「体が痛い」 「そんなとこで寝るからだよ」 彼女は笑った。 「夢を見たんだ」 ぽつぽつと僕は話す。いつもなら夢の話なんてしないけど、今はどうしても彼女に話しておきたかった。 「僕は軍のスパイなんだ」 「007みたいな? かっこいいじゃない」 「いいや」 僕は首を振った。 「映画の中みたいなかっこいいスパイじゃない。卑劣なやつだよ。ひどいことをいっぱいした。……ひとも殺した」 彼女は黙って続きを促した。 「僕は黙って言うことを聞いていたよ。心をなくしたみたいに。正義のためだ、仕方ないんだって、ずっと自分に言い訳してた」 ここで一呼吸置く。 「でも君が現れた」 「わたしが?」 驚いた声が聞こえる。「夢の中にもわたしがいるの?」 「そうだよ」 「ふーん」 彼女はいたずらっぽく笑う。「夢の中のわたしはどんな感じなの?」 「君は女レジスタンだよ!」僕は思わず立ち上がった。彼女の膝にいる猫が迷惑そうに僕を見上げた。 「僕と君は一緒にある任務に当たる。君はとても勇敢な女性なんだ。正義に燃え、自分の意志で任務を遂行しようとする」 夢の中で見た、彼女の強い瞳が蘇ってくる。「僕はそんな君が眩しくて、羨ましかったよ」 黒猫が僕の足にすり寄る。まるで慰めるように。彼は僕が悲しいとき、必ず傍にいてくれた。 彼女は立ち上がり、じっと僕の目を見つめた。夢の中と同じ瞳。僕はこの瞳に何度も救われてきた。きっと今だけじゃない。ずっと昔から。 「夢の中のわたしも、きっと幸せだったわよ」 僕を優しく抱きしめながら彼女が言った。「だってあなたがいてくれたもの」 彼女は微笑んだ。
ああ、僕はずっと、この笑顔が見たかったんだ。
「そういえば、近くにできたカフェ、行ったんでしょう?」 彼女の言葉に記憶を巡らせる。 あそこか。 「うん、とってもすてきなところだったよ」 カフェには友人とふたりで行った。彼女もよく知っている友人だ。優しいけど気が弱い彼は、厳つい顔のマスターが気になってフォークが進んでなかったけど。 「明日ふたりで行きましょう」 なんだか泣きそうだった。彼女と明日のことを話している。幸せな未来を、存分に思い描ける。 「晴れるかな」 「ええ、きっと」