イオチョク未満。
バイクのエンジン音が聞こえる。セラフィムはゆっくりと顔を上げた。地面を揺らす振動と、液晶画面に映る数分過ぎた待ち合わせの時間で、誰が来たかはわかったが、すぐに答え合わせをするのは惜しい気がした。 「遅いよ」 相手が時間通りに来ようと、今日のように僅かに約束の時間を過ぎようと、あるいは大幅に遅刻しようと、セラフィムの最初の一言は決まっている。少し困ったような、子供を宥めすかすような、柔らかい笑みが見たいからだ。 「悪いな」 そして彼も、いつも決まって同じ言葉を返す。 ディミヤンはもう随分前からバイクに乗っているらしく、運転も安定感があり、安心して体を任せることができた。 「しっかり掴まってろよ」 長身のセラフィムに抱え込まれても、その腰はびくともしない。初めは、正直心許ないと思った。彼よりも小柄な人間に掴まるのだから、振り落とされるようなことがあったら、きっとディミヤンも巻き添えだと心配だった。しかしその小柄な体躯は、セラフィムの想像を超えて力強く、彼を支える。 重い画材道具を持ってキャンパスを行ったり来たりするのは大変だろうと、そんな会話がきっかけだった気がする。けれどいつしか、ディミヤンのバイクに跨ることのほうが、目的となっていった。剥き出しの体でないと味わえない風の流れ、皮膚を震わせる街の音、自分より一回り小さい男の、背中の体温。 「お前も免許取ったらどうだ」 「うーん、考えとく」 セラフィムは曖昧に返事をしたが、まだ当分その予定はない。