誰に需要があるかわからない、でも私はずっと見たかったベイズとキャシアン。苦労人コンビ好きです。 幼い頃から大人でいることを強いられていそうなところとか、人に言いたくないことをたくさん抱えていそうなところとか、結構共通点のあるおいしいふたりだと思うんです。
キャシアン・アンドー ミッション記録 04-09-17――
考えてみれば、その日はよくないことが立て続けに起こっていた。 まずKがショートし、船の食料が底をつき、その結果まともな食事にありつけなかったジン・アーソが機嫌を悪くし、場を和ませようとしたパイロットの余計の一言がさらに空気を凍らせた。その上燃料も足りなくなり、我々はひとまず近くの星で物資を補給しようと考えた。幸い人がいそうな星はすぐに見つかった。街に降りてある程度必要なものは揃えたが、そこは運悪く帝国領だったらしく、怪しまれた我々は結局追い回される羽目になった。 なぜよく調べようと思わなかったのか。人波を縫うように逃げながら私は深く後悔した。こんなときKがいれば。だが生憎彼は船の中、留守を任せたパイロットの手で修復されている頃だろう。肝心なときに役に立たない奴! チアルート・イムウェが先頭を、ベイズ・マルバスが殿を務めていた。私はベイズのすぐ前を走りジンの背中を必死に追いかけていたが、それが突然見えなくなった。 「キャプテン!」 そばの建物が崩れたことに遅れて気づいた。背後から物凄い力で引っ張られ、間一髪難を逃れた矢先背中に衝撃を感じる。そこからの記憶はない。
目を開けると瓦礫の山が広がっていた。 「気がついたか」 ベイズは口の端を上げる。「どうやら置いて行かれたらしい」 トルーパーたちの気配は感じなかった。基地へ戻ったか全員死んだのだろう。 「助けに来ると思うか」 「来ないに一票」 別に彼らが薄情者だと言っているのではない。ただ、我々には何よりも優先すべき任務がある。ふたりの命で何万人もの人間が救えるなら、私でも迷わず同じことをするだろう。 これからのことを考える前に、自身の現状を報告し合った。ベイズは額を打ったらしく血がだくだくと流れていて、肋骨が折れていると言っていた。私も肩の骨を砕かれたようだが、それよりも耳の痛みと眩暈がひどかった。 「鼓膜が破れたのかもな」 ベイズはそっと私の耳に手を当てる。 助けが来る見込みがないなら自分たちで何とかする他あるまい。私たちは帝国軍の基地に潜入し、船を盗むことにした。
緑の多い星だった。 木が高く聳え、日の光を遮っている。生き物の気配は感じない。 不気味な場所だ。 自分がひどく小さなものに思えてくる。 怪我を負っている身では1日で行ける距離などたかが知れている。大型のブラスターを抱えていることで、ベイズの足はさらに鈍った。日も落ち、辺りが真っ暗になったので今日はもう休むことにした。洞穴を見つけたのでふたりで入る。ひんやりとして湿っぽい空気を吸い込むと、体の底から冷えてくる。 「死んだ星みたいだ」 同行者は呟いた。彼の星は本当に死んでしまったが。 寒くて震えているとベイズが外套をかけてくれた。温かい。 ひとりじゃなくてよかった。
基地に着いたのは翌日のまだ日も高い頃。辺境の惑星の駐屯所ということで規模も大きくなく、見張りも少なかった。 外にいたトルーパーをベイズが撃ち殺し中へ入る。撃ったときの衝撃が折れた肋骨に響くようで、引き金を引くたびに彼は苦しそうに息をついた。かといって、今の俺では標準を合わせられる気がしない。眩暈と耳鳴りはどんどんひどくなっていて、真っ直ぐ歩くことも難しかった。 本当はきちんと作戦を練って潜入すべきなんだけど、もうそんな余裕は俺たちにはない。とにかく一刻も早くここから出たかった。情報将校の名が泣くな。 「キャプテン」 ベイズはこんな状況なのに笑っていた。「ちょっとまずいかもしれない」 侵入者に気づいたトルーパーたちが次々とやって来る。それらを蹴散らしながら格納庫を目指した。途中敵から奪ったブラスターで俺も応戦するが、案の定まったく当たらない。ベイズに引きずられるように先へ進んでいると、急に彼が覆いかぶさってきた。 ブラスターの発射音、肉の焦げる匂い、呻き声。何かがしみ込んでくる。ベイズはそのまま奥にいる敵を撃った。 重い体を引っ張り物陰に隠れる。ベイズは脇腹を撃たれたらしく、フライトスーツが真っ赤に染まっていた。 「なんで……」 なんで庇ったんだ。あんたと俺は他人なのに。会って数日しか経ってないのに。あんたは俺のこと気に入らないんじゃなかったのか。 ベイズは初めて会ったときに見せたような皮肉気な笑みを浮かべた。 「……俺より、若い奴が死ぬのを、……見たくなかっただけだ」 基地が大きく揺れた。 どうする?置いて行くか?いつだってそうしてきただろう。この男は勝手についてきただけの赤の他人だ。ここで何があったかは誰も知らない。見捨てたってバレることはない。 ああ、でも。 ベイズの腕を取りその体を支える。砕けた肩が痛んだ。
襲撃を受けているらしい。砲弾が当たったのか再び揺れる。同盟軍からか、あるいは別の勢力からの攻撃なのかはわからない。今の俺たちにはどちらだろうが関係ないが、トルーパーたちは侵入者どころではなくなったらしく、そこからすんなりと格納庫へ行けた。 肩を貸していたベイズを下ろし、使える船がないか探す。すでに基地の者たちが脱出したあとだったようで、壊れているものしかなかった。 希望が断たれたようだ。 ベイズを落下物の少ない端のほうへ移動させ、自分も隣に座る。この様子だと通信設備も破壊されている。移動手段もなし。脱出不可能。 「すまねぇな、キャプテン。こんなむさ苦しいのと一緒で」 思わず笑った。「こちらこそ、巻き込んですまなかった」 崩れ落ちていく建物をふたりでぼんやりと眺めていると大きな手で頭を撫でられる。俺は父親の顔を知らないけれど、もしいるなら彼みたいな人がいい。 やって来た飛行船にようやく気づいた。中からよく知る女がひらりと飛び出し、こちらに向かってくる。 「忘れものか?」 ジン・アーソは無表情に俺たちを見下ろし、口を開いた。 「ええ、とても大事なものを」 彼女はまだ何か言っていたがよく聞こえない。音が遠ざかっていく――。
結論から言えば、私たちは助かった。 あの襲撃はジンたちによるものだったらしい。彼女たちは迎えに来てくれたのだ。 相棒に大怪我を負わせたことでチアルート・イムウェから何か言われるのではと思っていたが、そんなことはなかった。 「君もひどい怪我なのに怒るわけないだろう」 彼は笑って言った。 「君たちはよく似ているから心配だったんだ。ふたりとも、無事でよかった」 ベイズを連れて帰ってきてくれてありがとうと大きく骨張った手で優しく顔に触れる。 生死を共にした男とは、あのときのことは話していないし特に親密にもなっていない。ただ、やたら頭をなでたり肩に手を置かれたり子供扱いされているような……。しかもこれを見たチアルート・イムウェも一緒になってからかいだした。こんなことは初めてだからどう反応していいかわからない。 ジン・アーソはなぜか私の周りをウロチョロしていた。すっかり直ったKと一緒にギャーギャーいうものだからうるさくて敵わない。 「大体なんですぐに追いかけてこなかったのよ」 『なぜ調べもせずに帝国領に降り立ったのですか?』 「追いつけなかった?弛んでる証拠じゃないの?」 『それでも同盟軍の情報将校ですか?』 はいはい、うるさいうるさい。頼むからもう少し静かにしてくれ。 「ジンもKも心配してたんだよ」 言わないけどねとボーディーは苦笑する。「キャシアンは誤解してるよ」 「……それはわかってる」 ジン・アーソは愛情深い女性だ。父親の件があったにも関わらず助けに来てくれた。私が殺したようなものなのに。彼女の人間性を見誤っていたのかもしれない。 「いや、それもあるけど」 ボーディーは困ったように笑う。 「ベイズもだけどキャシアンはもっと自分のことを大事にしたほうがいいよ」 ジンはね、ふたりがいないって気づいたときすぐに戻ろうとしてさ、止めるの大変だったんだ。皆すごく心配してたんだよ。 パイロットの声を聞きながらぐるぐると考える。 大事?心配?そんなこと初めて言われた。大事にするってどうすればいいんだ。なんで心配してたんだ。人命よりも任務を、大義を優先する。そう教えられてきた。そのためにどんな汚いことだってしてきて、それで……。 でも、危険を冒してまで迎えに来てくれる人がいると思うと――いけないことかもしれないが――嬉しい。 自分の知らない感情が湧きあがってきて、少し身震いした。