レーザー・フィストくんは常にノースリーブという元気っ子スタイルですが、自分の来ていた上着をかけてあげるシチュエーションが好きなので、ここは雰囲気優先。
屋敷は山に沿って建っているので、いつでも風が強く吹いていた。山からの土が風と一緒に舞い込み、ここは一年中息が苦しかった。この嵐が屋敷を隠しているのだと、いつだったか父が言った。思えば、父は臆病なひとだった。 今、屋敷はシャーリンのものとなった。父に怯えて息を殺す必要もない。「存在しない者」として扱われることもない。この屋敷にいる全員がシャーリンの言葉に耳を傾け、畏敬の念を込めた視線を向ける。財もひとも思うがまま。この状況を父が見たら、きっと驚くだろう。彼が選んだ息子は、「ここ」を選ばなかった。異国の地で相変わらず呑気に暮らしている。 壁中に描かれた絵を父に見せたかった。彼が死んで、いちばん残念に思ったことだ。すべての思惑が外れ、好き勝手に手を加えられた自分の屋敷を見つめる男の姿は、さぞや滑稽だろう。 父はもういない。だからこの息苦しさも、きっと風のせいだと思う。
作業は着々と進んでいた。その様子をひとつひとつ確認しながら、シャーリンは表へ出た。そのまま、まっすぐ歩く。門をくぐり、階段を降りて、広場へ出た。 そこには誰もいなかった。塀に手をかけ、眼下に見ると、切り立った険しい山々が広がっている。 「ボス」 背後から控えめな声が聞こえた。振り返らなくともわかる。父のそばにずっと付き従っていた男だ。 「そこは危ない」 「私が五才の子供に見える?」 「そういうわけじゃ……」 下から吹き抜ける風が、シャーリンの髪を揺らした。
思えば、なぜこの男はシャーリンについてきたのだろう。 父の部下たち全員が彼女についたわけではなかった。ここを去った人間はまだましなほうで、中には反旗を翻す者、裏切りを画策する者もいた。シャーリンだって、必ずしも全員を懐柔することはできないだろうとは踏んでいた。だから、彼女も昔からの仲間をマカオから呼んだ。味方は多いほうがよい。 男は最初からシャーリンについた。彼女も始めは警戒していたが、裏切る様子もない。ただのお人好しか。どうしようもない馬鹿か。単に世渡りが上手いだけか。あるいは。 「だいぶ謀反人の数も減ってきたね」 裏切った者への処罰は、すべて男に任せた。彼を試したかったのかもしれない。 「お前も私を裏切っていいし、殺そうとしてもいいし、ここから出って行ってもいいんだよ」 こんなとき、男はひどく痛みを抱えた目をした。惨いことを言っているのはわかっている。自分と、彼の立場を利用して、それでも止めることはできない。 男はシャーリンを通して別の誰かを見ている。でも、彼女は向こう側にいる「誰か」ではない。彼女は彼女自身でしかなく、父のようにはなれない。
風が強く吹いていた。 「ここは冷える」 男は自分が羽織っていた外套を、シャーリンの肩にかけてやった。彼は体格がよいので、外套の裾が足元に広がる。 「これで少しはましになったか」 「うん……」 ときどき男の優しさが憎らしくさえ思う。その手を振り払えばすむことだが、シャーリンにはそれができない。結局彼女も臆病なのだ。 「中に入ろうか。お前の外套はひどく重いよ」 今日も風が強く吹いている。この息苦しさも、きっと風のせいだと思う。