本編後のアナとモード。 スパイ映画を観に行ったら百合映画だったのですが。どういうことですか。責任を取ってください。
住むなら暖かい場所と決めていた。 ハワイ州、マウイ島。 アナは砂浜に立っていた。海は目を刺すほど艶やかな青だった。ロシアの薄暗い空の下で育った彼女には、その色は眩しすぎた。 ビーチは観光客で溢れ返っている。家族や友人、恋人たちと思い思いの時間を過ごす彼らは、みな楽しそうだった。こういう場所にいると、自分がどうしようもなく孤独であるように感じる。 アナは海に向かって歩き出した。太陽の熱でぬるくなった海水は、べたべたと彼女の足に纏わりついてくる。何度も何度も、鬱陶しいくらいに。 この波のように、過去の過ちがアナを決して許さず、どこまでも追いかけてきたら。 ふいに彼女の目を、白い掌が覆った。 「よさそうな場所は見つかった?」 アナの問いに、背後の人影はふふっと笑う。うしろを振り向かなくても、誰かはすぐにわかった。 モードはアナの両目から手を離した。そして目を輝かせながら、愛しい女性の前に出た。 「つい最近、売りに出された家があるんだって」 「そう」 「少し古いけどね、そこを取り壊して、新しく家を建てようかな。前に話したでしょ。庭にはプールを作って、かわいいポーチを付けて、そしてとびきり大きなベッドルームにする!」 モードは両手で抱えきれないほどの、幸せな未来の話をした。家を作りたい。モデルの仕事は続けるので、パリと行ったり来たりの生活になるけど、お土産いっぱい買ってくるから。庭も広いし、バーベキューもできるね。落ち着いたら犬が飼いたい。毎朝みんなで散歩しよう。海岸線沿いを走ったら、きっと気持ちがいいよ。 そんな彼女の話を、アナは静かに聞いていた。生暖かい風が、ふたりの間をすり抜けていく。 「どうしたの?」 「ん、別に」 先程まで笑顔で話していたモードだったが、黙ったままのアナを見て、不安そうに眉を下げる。ああ、そんな顔をさせたくなかったのに。 「怒ってないの?」 「どうして?」 「だって……」 だってあなたに酷いことをした。嘘をついた。裏切った。巻き込んだ。ひとりにした。 「それなのに、どうして待っててくれたの?」 ふたりで暮らした、パリのアパートに帰ったとき、アナはひとりになることを覚悟した。それでも、モードは待っていた。泣き腫らした跡がくっきりと残り、テーブルに突っ伏して、それでも彼女は待っていた。彼女はアナを責めるでも問いただすでもなく、開口一番、震える声で無事であるかを聞いた。自分を陥れた女に。 「もういいよ」 モードの瞳は優しい。いつもアナを見つめるときと、同じ色をしている。 「だって、これからはずっと一緒にいられるんでしょ」 喧嘩のあとの仲直りのような、当然だという調子でモードは言った。たとえそれが、命を失えかねない危険なものだったのだとしても、アナと一緒に過ごせることに比べれば、彼女にとって些細な窮地でしかない。 「そろそろホテルに戻ろうか」 「うん」 「明日はふたりで家を見に行こう」 家。自分の居場所。アナはずっと探していた。ロシアで、パリで、アメリカで。 アナはようやく、帰る場所を見つけた。