ビクターとバリー。
「悪いな、ビク」 隣に立つビクターの肩をブルースは叩いた。目の前のモニターには、老若男女問わず多種多様な人種、職種の人々が映っている。 「これ全部が?」 「ああ」 ビクターは頷く。 「ここにいる全員、メタヒューマンだ」 ブルースはある仕事をビクターに頼んでいた。世界中に散らばっているメタヒューマンの情報を密かに集めてほしい、と。あらゆるネットワークに接続できるビクターにしかできない仕事である。 「しかしなんでまた」 ブルースの頼みにビクターは首を傾けるばかりである。世界は先日救われたばかり。早急に仲間が必要というわけでもあるまい。 「確かにステッペンウルフの侵攻は防ぐことができたが、今回の件ではっきりしたことがある。我々にはまだ計り知れない、未知の敵がいるということだ」 ブルースの中でそれは推測から確信に変わっていた。この世界で、確かに存在する危機に。そして未だ多くの人間がその危機に気づいていない、もしくは気づかないようにしている。 「そいつらがまたやって来たら? 今回は単独だったが、恐ろしい力を持つ脅威が手を組んだら? いや、むしろ我々を苦しめたステッペンウルフがただの斥候に過ぎないとしたら?」 ブルースの表情はいつにも増して厳しい。つい先日世界を救ったばかりなのに、彼の目はすでに次の危機へ向いている。 「今回上手くいったからと言って次もそうなるとは限らない」 ビクターはひとり納得する。ブルースらしい現実的で悲観的な意見だ。しかし正論だろう。他の仲間はなんと言うかわからないが、彼は概ねブルースと同意見である。 「それに、これからは外の脅威だけでなく内にも目を向けなければ」 「つまり?」 「敵はすぐ近くにいるということだ。例えば我々の中から」 青年の片方しかない瞳が大きく開かれた。 「つまり、あんたは仲間を信用してないってことか」 「そう取ってくれても構わない」 胃の辺りがひんやりと冷たくなる。研がれた刃を当てられたような薄ら寒さを、ビクターは感じていた。目の前にいるのは間違いなく、バットマンである。 「愛する者を人質に取られたとき、なんらかの理由で正常な判断ができなくなったとき、悪意ある者の罠に嵌まって操られてしまったとき、我々は仲間ではなく敵同士となってしまう。そのための対策もいずれ必要になるということだ」 闇の騎士、世界最高の探偵。その称号がどれも大げさではなく事実を表しているのだということに、ビクターは改めて気づかされる。ブルースは一手も二手も先を見据える男だ。だからこそ、20年以上もゴッサムシティを、たったひとりで守ることができたのである。 他のメンバーがこれを聞いたら、どう思うだろう。アーサーやダイアナは激昂するだろうし、クラークやバリーは悲しい顔をするだろう。ビクターも彼らの気持ちはよくわかる。 同時に、ブルースの言い分も理解できる。何度世界を救っても、人々にとって強大で未知の力を持つビクターたちは危険な存在となりうる。大切な仲間も、世界にとっては脅威でしかない。 「みんなが聞いたら怒るだろうな」 ビクターの言葉に闇の騎士は淡々と答える。 「だからこれは君にだけ話している」
以前親友に言われたことがある。お前が羨ましい、と。 『優しいし、いつも場を明るくしてくれる。もっと自信を持てばいいのに』 『そうかなあ』 『みんなからかわいがられているじゃないか』 『それって僕が頼りないってこと?』 ビクターはくすくすと笑う。彼が感情のない機械だなんて誰が思うだろう。少なくともバリーは、新しくできた友人を思いやりのある人間だと評している。 『ブルースと並ぶと親子みたいだ』 親子。家庭。父親。それはバリーがずっと求めていたものだ。ブルースは年若いバリーを何かと気にかけてくれる。ブルースだけではない。バリーは戦いの中で多くの友を得た。幼い頃から孤独を耐え抜いてきた彼にとって、それは何よりも幸福なことだった。
執事からおやつを貰い、上機嫌のバリーがケイブをうろついていると、見慣れた灰色の背中と黒いスーツが視界の端に映った。 (ふたりだけか) 珍しい組み合わせである。ブルースとビクターは何やら難しい顔をして、モニター画面の前で話し込んでいた。 傍に行って会話に混ざりたい。しかし、バリーはうずうずと落ち着かない心を抑えつける。雰囲気から察するに、ふたりは今、大切な、多分バリーや仲間たちにも深く関わることを話している。そこに割り込むべきではない。恐らくブルースとビクターの間で交わされている議論は、自分には理解し難いものだ。 バリーは静かにその場をあとにした。彼のふたりの友人は、まだ顔を突き合わせている。もうしばらくかかるだろう。 (なんだろう、先生と生徒みたいだ) ふたりの姿を見て、バリーはふと、そう思った。自分とブルースの関係が親子のようだというならば、ビクターとブルースはまるで師弟だ。ブルースは聡明で状況判断に優れたビクターを頼り、同時に期待を寄せている。だから彼の知識や戦略を共有しようとする。元々ふたりは、ときに冷酷とさえ思える考え方も、難解な専門用語を織り交ぜた話も合う。ブルースがビクターを信頼するのも十分わかることだ。 以前親友に言われたことがある。お前が羨ましい、と。 (でも僕は、君がちょっぴり羨ましいよ)