オットーとマックスがだらだら話しているだけ。

マックス・ディロンは好奇心旺盛な男である。彼は幼い頃から身の回りにある機械に興味を持ち、目覚まし時計を解体しては母親に叱られた。中学校に上がると科学のおもしろさに目覚めた。友人たちがサッカーボールを蹴っている間、図書館で本をあさり、映画館の代わりに博物館へ足を運び、プラモデルの代わりに電子回路を組み立てた。その情熱は大人になってからも衰えることなく、マックスは優秀な技術者のひとりとしてオズコープ社に雇われた。  が、今は別次元で迷子の身である。  迷子は他に四人いた。  そのうちのひとり、オクタヴィアスは先程「治療」を受けたばかりだった。拘束を解かれ、ソファに座る彼からは先程までの苛立ちはなく、穏やかな様子でくつろいでいる。  マックスは生来の好奇心が押さえきれなくなってきた。巨大な金属の「腕」を背中につけた人間なんて聞いたことがない。 「そのうしろについてる金属は、アームかな、それは何に使うんだ? 動力はなんだろう。素材は? どれくらいの耐久性を想定してるんだ? 限界の長さは……」 「待て待て、そんなに一気に喋られても」 「ちょっと触ってもいいか。……おわっ!」  一本のアームが突然頭を上げた。中心に備えつけられたランプが赤く光っている。 「だから待てと言っただろう」  どうやら驚かせしまったらしい。オクタヴィアスが撫でてやると、アームは大人しく頭を下げる。 「触ってもいいそうだ」  しなやかな動きはいくつもの部品で成り立っている。背骨のようだとマックスは思った。金属に触れると、思いの外冷たい。  マックスの好奇心は科学技術に留まらず、人間に対しても向いている。 「緑のコートのじいさんとは知り合い?」  つなぎ目に手を挟まれそうになりながら、マックスは尋ねた。 「なぜ」 「随分親しそうだったからさ」  オクタヴィアスはなぜか顔を顰めた。よい思い出のある「知り合い」ではないらしい。 「元同僚だ。昔少しだけ一緒に仕事をしたことがあった。親しいわけじゃない」 「ふうん」  特に親しくもなかった元同僚の死を知っていて、その上いつ死んだのかも正確に覚えていたわけか。オクタヴィアスの表情からは何も読み取れないが、複雑な事情がありそうだった。 「まさか葬式に出た人間に再会するとは」 「へえ、親しくないのに葬式には行ったんだ」 「所詮は上辺だけの関係だ」  物音がしたので振り向くと、アームの一本が冷蔵庫を開け、ペットボトルの水を取り出していた。別のアームはオクタヴィアスが脱いだコートを椅子にかけている。 「あんたさあ……」 「なんだ。水が欲しいのか」 「そうじゃなくて、自分で取れば?」 「自分で取っているが」 「そうじゃなくて! 立って歩いて自分の腕で取れよってことだよ!」  ソファにふんぞり返ってアームたちにあれやこれやと世話をやらせるオクタヴィアスは、玉座で命令を下す王のようである。 「腕が届くのにか?」 「歩かないとすぐに足腰悪くなるぞ、じいさん。ぎゃっ!」  金属の塊に頭を軽くこづかれ、がんっと衝撃が頭蓋骨を揺さぶる。 「君はいちいち一言多いな」 「絶対完治してないだろ」  坊やに言いつけてやる、とマックスは作業部屋に足を向ける。すると扉が開き、中からオズボーンが出てきた。気のせいか、ふらついているように感じる。 「大丈夫か、じいさん」 「ああ。少し目が痛むだけだよ」  オズボーンは弱々しく微笑む。これが本当にニューヨーク中を恐怖で包んだ犯罪者には見えない。マックスはフリント・マルコから聞いた話を思い出した。引き起こされた残虐な事件は、刑務所にいた彼の耳にも届くほどだったらしい。 「とりあえずソファに座りなよ。ほら、じいさんももっと詰めてくれ」  しっしと手を振ると、オクタヴィアスは嫌そうな顔をして、それでもソファの空間を空けてくれた。  オクタヴィアスの横に座ると、オズボーンの纏う空気が少しだけ緩んだ。そうマックスには感じた。緊張や焦りが僅かに弱まって、表情に現れる不安や疲れを隠そうとしない。  それに対して、オクタヴィアスは眉を寄せ、厳しい表情でオズボーンを見ていた。 「無理をするからだ」 「うん……」  そんな言い方しなくてもよいのに、とマックスは思ったが、また金属の塊を頭に落とされたくはないので、黙っていた。 「君は集中すると周りが見えなくなる」 「それはお互い様だろ? 覚えているか。実験に夢中になりすぎて、脱水症状で倒れていたじゃないか」 「それはコナーズだ」 「違うよ。君だったって」  物音がしたので振り向くと、アームの一本が冷蔵庫を開け、ペットボトルの水を取り出していた。別のアームは椅子にかけていたオクタヴィアスのコートを取る。オクタヴィアスはそれを受け取ると、オズボーンの肩にかけてやった。 「何か飲むといい。冷たいものか、温かいものか」 「温かいものだと嬉しいな」  アームはポットにペットボトルの水を注ぎ、スイッチを押す。器用なものだ。オクタヴィアスと完璧に意思疎通をし、指示どおりに動いている。 「あんたさあ……」 「なんだ? 君もお茶がいいのか?」 「そうじゃなくて」 (何が上辺だけの関係だよ)  マックスは頭を振り、「やっぱり俺ももらおうかな」と告げた。