マカジャマのオメガバパロ。 ダブルΩです。
男から渡されたのは本革のチョーカーだった。装飾はなく、色は黒。しかし、決して安価な品ではないことが、ひと目でわかる。 「やる」 マーカスはそれを受け取り、まじまじと眺める。 「気に入らないなら捨ててもいい」 捨てるわけがない。ただ、少し驚いた。男はチョーカーをつけろとも言わなかったし、彼自身もつけていない。だから、特にこだわりはないのだろうと思っていた。 かつてマーカスの恋人は、彼が自分のものであるという証として、チョーカーを装着させた。忘れると、ひどい勢いで怒鳴り散らした。どんなにいやがっても無駄だった。まるで枷のように、マーカスの首に巻かれていた。 今でもチョーカーは苦手だ。つけるメリットもわかっているが、苦しさに耐えられなくなる。しかし。 「ねえ、つけてくれないか?」 男にチョーカーを渡し、うしろ髪をかき上げる。 びりっと首筋に痛みを感じた。 「ん……、何?」 噛まれている。男は獲物にとどめを刺す肉食獣のように、マーカスのうなじに歯を立てている。 「痛い、よ……っ、ぁ」 鈍い痛み、それと同時に痺れるような快感が背を駆ける。マーカスは第二の性でいうところのΩだが、男は番となれるαではない。だから、この行為自体に意味はない。フェロモンが変質するわけでもない。なのに、この体の震えはなんなのだろう。 満足したのか、男はうなじを噛むのをやめ、歯型のついた皮膚を優しく舐めた。マーカスがそこにふれると、指先に赤い血がついていた。 「独占欲が強すぎるのも考えものだな」 マーカスは笑って男の髪を撫でる。 「かわいい」 二メートル近い長身の男に「かわいい」と言うのはおかしなこともかもしれないが、現にかわいいのだから仕方がない。嫉妬深くて、意外に感情が顔に出やすい、マーカスの年下の恋人。 運命なんてどうでもよかった。特別なものはいらない。引き離そうとするものは消せばいい。すべてを差し出せるわけではないし、すべてもらい受けようとも思わない。よい伴侶でなくていい。なる気もない。ただ、交差する生の中で、一緒にいられるのなら、それでいい。 「俺も噛んでいい?」 マーカスは男のうなじに歯を立てた。なるべく痛みがないよう、優しく。歯型はいずれ消えるだろう。
お前らは番じゃないからわからんだろう。 名前も知らないそいつは高らかに言い放った。彼は先週までチョーカーをしていた、らしい。周りの人間がそう言っていたが、ジャーマンには思い出せない。 チョーカーがないということは、つまり誰かと番ったということだ。チョーカーは自分がΩであること、そしてまだ番を見つけていないことを意味する。だからジャーマンはチョーカーをつけないようにしていた。仕事の邪魔になるから。 どうせ、見境なく襲ってくる程度の連中なら、簡単に追い払える。そもそも、巨漢のジャーマンに手を出そうなどという愚かな人間自体が少ない。うなじを守るチョーカーも必要なかった。 恋人にチョーカーを渡したのは、気まぐれが四割、彼の身を案じる気持ちが六割。なにせ、ジャーマンの年上の恋人は、彼と違って華奢で、白兵戦も得意ではない。そのくせ、超がつくほどのお人好しで、世話好きだった。本人は自覚がないので、余計に厄介だ。 あれが誰かに傷つけられるのは耐えられない。 だから、チョーカーを送った。恋人は喜んで、毎日律儀に首につけ、「君の分も買ってくる」と言った。臙脂色の、質素なデザイン。同じものを贈り合うなんてマリッジリングみたいだと、恋人は笑っていた。今度は指輪を買いに行ってもいいかもしれない。 「お前らは番じゃないからわからんだろう。あれは爪の先まで俺のものだ」 名も知らない男は言った。ジャーマンは鼻で笑う。 お前らだってわからんだろう。運命などどうでもいいと思えるほどの愛おしさ。自分のものでないとわかっているからこその渇望。始めから決まっていた存在ではない。ゆえに、抗えない。自らの手で「彼」を見つけたのだという喜びには、敵わないからだ。 これが愛でないのなら、この世のすべては紛いものだ。 ジャーマンはひとの輪から外れ、車を呼んだ。恋人のもとへ帰るために。