マカジャマ。モンペ同士その2。モブ視点です。
部屋をそっと抜け出して、足を立てないよう階段を降りる。段取りはすべて頭の中にある。計画は完璧。 かばんはソファの下。やつは二階の部屋。大丈夫、焦るな。おれは震える手でチャックを開けた。 ない。どこにもない。確かに入れたはずなのに。朝、ここに来る前に何度も確認したはずなのに、どこにもないなんて。 「お探しものはこれかな」 おれはびくりと肩を震わせた。そこに人がいたなんて、まったく気がつかなかった。男だった。そいつは見覚えがあった。昼間やつと会ったとき、隣に立っていた男だ。幽霊みたいに青白い顔で、疲れた顔で地下鉄に揺られていそうな普通のおっさんで、殴れば簡単に吹っ飛ばされそうな細さで、だから気にも留めていなかった。 男はサイレンサー付きの銃を持っていた。おれの銃を。俺がかばんの中に確かに入れた銃を。 「あまりいい代物じゃないな」 男はつまらなさそうにそう言った。まるで嫌いなサンドイッチの具にでも当たったかのように。 「さて坊や」 男が近づいてくる。おれは一歩も動けない。逃げられないことは本能で察知している。逃げれば余計に酷い目に遭わされることも。 「なるべく苦痛のないように終わらせよう」 ああ、天使だ。おれはこのためにここに来たんだ。
目の前に銃を突きつけられても、男は眉ひとつ動かさなかった。さすが。 「お前の飼い犬に今すぐ戻ってこいと伝えろ」 「飼い犬?」 男はまったく心当たりがないとばかりに首を傾げる。それにしても、見れば見るほど腹が立つほどに綺麗な顔だ。ビョーキだとか聞いていたからどんなヘロヘロなやつかと思えば、身長二メートル近い大男で、俺は騙されたと内心舌打ちをした。おまけに高級スーツに身を包んで、ちょっとした会社の社長さんに見える。 男は二、三度咳をした。 「犬は飼ってない」 「とぼけるなよ。最近連れてる用心棒のことだ」 そう。俺のターゲットはこの大男じゃない。彼の警護を任されている男だ。そいつは腕が立つ上に隠れるのがうまいので、なかなか尻尾が掴めなかった。 「とにかくさくっと呼んでくれよ。それで済む話だ。あんたに危害を与えるつもりはない。あんたは、まあ得るものはないが、失うものもないだろう」 男はしばらく黙った。長い睫毛が影を作って、ぞっとするほど表情が暗く見える。病気だと聞いていたが、あながち間違いではないのかもしれない。 不意に男が動いた。銃が弾かれる。しまった、というときにはもう遅く、太腿に強烈な痛みを感じて、俺は床に転がった。 「この出血ならもって十分だな」 男はナイフを弄りながらそう言った。 「ただで殺すつもりはない。もう二度と、あれに手を出そうと考えないような姿にしてやろう」 銀色の鈍い光が近づいてくる。