航海長と上等兵曹がお茶を飲む、それだけの話です。
「ロシアでは紅茶を飲むとき一緒にジャムを舐めるらしいよ」 熱い紅茶の入ったカップを揺らしながら、パークは言う。リードはちらりと彼を見た。 「いつもの冗談だろ」 「ううん。これは本当」 パークは一口紅茶を口に含んだ。 「またロシアの艦長の受け売りか?」 「そう。アンドロポフ艦長」 リードは鼻を鳴らす。アメリカの航海長とロシアの艦長は、立場も国も違えど馬が合うらしい。アンドロポフがアーカンソーを降りたあとも、ふたりはまだ連絡を取り合っていた。 「砂糖が希少な時代にこの飲み方が広まって、今に至るんだって」 「へえ」 「興味ない?」 「あまり」 パークは紅茶を一口飲み、それからジャムを舐めた。紅茶の苦みとジャムの甘み、そして僅かな酸味が溶け合う。 「おすすめの料理も教えてもらったんだよ。今度君も一緒にどうかなって」 「そのロシア人と行けばいい」 ああ、やっぱり今回も駄目だった。普段はよく動く舌も、このときばかりは思うようにいかず、決定的な言葉を発してくれない。 それにしても、相手だってかなりのものである。ここまでわかりやすく誘っているのに全く気づかないなんて。 (そういうところが好きなんだけど) 紅茶はすっかりぬるくなっていた。