強化後のノーマンならオットー+アームちゃんたちを抱っこできるのでは?と思って書きました。

「オクタヴィアス」  オズボーンは困ったように眉を下げた。 「いい加減にここを出ないと、置いて行かれてしまう」  オットーは忌々しげに舌打ちした。彼は昔から、友人のこういう顔に弱い。ガラスのような透き通った青い目で見つめられると、どうにも強く出ることができない。  しかし、今回はいつもと違った。なんせ自身の生死に関わる。 「私はここを動かない」 「オットー……」  オズボーンは何度目かのため息を吐いた。 「ここは危険だし、いつ魔法使いが戻って来るかもわからない。とりあえずここを出て、治療のことはそのあと考えよう」 「ついていけば無理矢理にでも理科の実験に付き合わされるに決まってる」 「話せばあの子もわかってくれるよ」 「お前はやつを本気で信用しているのか?」  少年は今、消防服の男と一緒に強大なトカゲをトラックまで誘導している。というより、少年に抱えられたトカゲを消防服の男が宥めている。ここでもひと悶着あったが、今回は割愛する。ちなみに、砂の男は、少年が呼んだトラックが到着した瞬間、我先にと外へ出てしまった。よほど帰りたいらしい。  そして、残ったオズボーンが、最後まで抵抗するオクタヴィアスの説得にあたっていた。 「大丈夫。あの子の言うとおり、ここは我々のいたところより技術が発展している。きっとうまくいくはずだ。それに私も手を貸すから」 「自分で血清を打って怪物になったやつが手伝うと言われて安心できるか?」 「それを言われると何も反論できなくなるけど……」  オズボーンは最後に会ったときよりも痩せて小さく見えた。サイズの大きいコートのせいかもしれない。その小ささが、妙に心もとなく感じ、オクタヴィアスは今なら彼を押しのけて逃げられるのではないかとさえ思った。 「仕方がない」  意を決したようにオズボーンは顔を上げた。 「こんなに言っても聞かないなら、君を抱えてでも連れて行く」 「はあ?」  何を言っているんだ。そんな細い腕で自分より遥かに体格のよい成人男性を抱えられるわけないだろう。第一、うしろのアームが見えてないのか。重い金属の塊、それが四本もついているんだ。若い男にだって持ち上げられるわけがないのに、老人に運べるわけがない。  オクタヴィアスがそう忠告する前に、オズボーンの細い腕が背中と足を持ち上げ、大きな体を横抱きにする。 「ちょっと待て!」 「君も知ってのとおり、『怪物』になったおかげで普通の人間より筋力はある」 「下ろせ! 目線が低い!」 「小さくて悪かったね。暴れると落ちるよ」  不安定な姿勢にも耐えきれないが、何より自分よりも小さく華奢なオズボーンに、よりによって横抱きされているという状況が、オクタヴィアスにとって何よりも屈辱だった。こんなことなら始めから大人しく外に出ていればよかったのかもしれない。 「オズボーン博士何やってんの!」 「じいさん腰痛めるから今すぐ下ろせ!」  いつの間にか戻ってきた少年と消防服の男も、慌てて駆け寄ってくる。 「大丈夫。今トラックまで運ぼうとしていたところだ」 「なるほど増強剤による肉体強化のせいですね」 「え、もしかして俺のことも抱えられるの?」 「なんなら君たちまとめて持ち上げられる」  オズボーンはオクタヴィアスを優しく地面に下ろしてやり、目を輝かせた少年と男をそれぞれ抱え上げる。 「すごい、本当だ!」 「この歳になって抱っこしてもらえるとはなあ」  騒ぐ三人を横目に、オクタヴィアスは内心おもしろくなかった。ただ、胸に溜まる重い感情の原因まではわからない。 「さて、そろそろトラックに行こう」 「そうだった」 「駐車違反の切符切られてないかな」  消防服の男はオクタヴィアスをちらりと見て呟いた。 「そんな顔するなら素直に抱っこしてほしいですって言えばいいのに」 「はあ!?」 「……なんでもないです」 「はいはい。オクタヴィアスは私が運んであげるからね」 「いいなー、楽そう」 「代わってやろうか、少年」 「ううん。大丈夫」  お喋りが止まらないふたりを先に行かせ、オクタヴィアスを抱えたオズボーンも地上へと続く階段を上る。 「自分で歩ける」 「わかってる」  背中と足を支える腕は存外しっかりしていて、それが余計に腹立たしい。

肌を刺すような寒さに、ノーマンは目を開けた。  始めに飛び込んできたのは、見慣れた友人の顔だった。 「オットー……?」  ノーマンの声に、オットーは下を向いた。 「ノーマン」  友人はいつもの柔らかい笑みで、ノーマンを安心させようとする。 「ちょうど休める場所に向かっているところだ」 「君の家?」 「いや……、でも今はとりあえず怪我の治療が必要だ」  ノーマンはようやく事態を理解し始めた。今、彼はオットーに横抱きにされ、アームの収縮によりビルの間を抜けながら移動している。肩には大きなコートがかけられていた。恐らく、オットーのももだ。彼は今、セーター一枚で冷たい空を縫っている。それに、コートからは学生の頃と変わらない、石鹸と煙が混じったような香りした。背中から伝わる体温と嗅ぎ慣れた匂いに包まれ、守られているような気持ちになる。 「すまない、寒いだろうけどもう少しの辛抱だ」 「大丈夫」  ノーマンはコートに埋もれるように体を丸めた。 「とてもあたたかい」  やがてビルの屋上に降り立ったオットーは、ノーマンを抱えたまま歩き出す。 「自分で歩けるのに」 「駄目だ。そんな体で転んだらどうする。それに」  友人はノーマンを見ていたずらっぽく笑った。 「あのときのお返しだ」  その言葉に、ノーマンもつられて笑った。残念ながら、彼にはもう友人を担いで運べるだけの力はない。今は柔らかい振動に身を任せ、まどろみを待つことにする。