ジェダでのふたり。暴力・モブ描写あり。 BLというより友情です。

信奉者、だと言っていた。  托鉢の最中、ストームトルーパーに追い回されているところをたまたま助けた一行は、私の僧衣を見てうれしそうに話してくれた。気配は8人、声からして女が2人、男が6人。 「我々は屋敷内に小さな堂を作り、拙いながらも毎日祈りを捧げております」  女のひとりが恭しく言う。 「まさかこんなところで僧侶様に出会えるなんて!」  寺院は完膚なきまでに破壊され、信仰は棄てられたものだと思っていた。まだ信者が残っていたとは。こんなにも心強いことはない。  何かあればいつでも力になると言い、彼らは去っていった。隣に立つ友にどんな人間たちだったかと聞くと「人のよさそうな連中だったよ」と返ってきた。

運が悪かった。こういうときもある。 友は足をやられた。遠くへは逃げられない。置いていけと言われたが、そんなことできるはずがない。今はただ物陰にじっと隠れ、試練が過ぎ去るのを待つしかない。 「僧侶様」  背後から恐る恐る呼ばれる。振り返った友が「あのときの信者だ」と教えてくれた。 「帝国軍から身を隠すために作った秘密の通路がございます。どうぞこちらへ」  友が身を引く気配がする。恐らく信用できるか計り兼ねているのだろう。だが、今そんなことを言っている余裕はない。彼らの案内に従い、我々は地下へ潜った。  通路は屋敷に繋がっていた。友が治療を受けている間、私は信者たちに囲まれ、教えを請われていた。穏やかな場所だ。まるでここだけ時間が切り取られたみたいに。

ブラスターの調子が悪いから武器屋に行きたいと、友が言い出した。その怪我でひとり外に出るのは危険すぎる。私もついて行くと言ったら驚いた顔をした。 「あそこはひどい音がするから二度と行かないと言ってたのに」  屋敷の者がお供しましょうかと聞いてきたが、断った。武器屋は裏の路地にあり、ならず者がうようよいる。善良な者を連れてはいけない。  友に肩を貸しながら目的地へ向かう。相変わらず耳を裂くような金属音だ。だからここは嫌なのだ。  中から話声がする。年老いた店主と先客がひとりいるようだ。 「いい格好だなマルバス」  この声は情報屋だ。よくは知らないが、私と袂を分かち、星々を飛び回っていた頃に知り合ったとか。それなりに付き合いもあるらしい。「お前みたいな奴はすぐにくたばると思っていたのに。しぶといねぇ」 「俺が死んだら困るのはお前だろう」 「お前が死んだくらいじゃ商売は傾かないよ。引っ張りだこなんでね」  私はこの男があまり好きではなかった。ねっとりとした声質、悪意に満ちた言葉。友がこのような人間と関係を持つのは良いことではないが、交友関係にいちいち口を出すつもりはない。 「マルバス、ブラスターのメンテナンスだけでいいのか?」  武器屋が尋ねると友は頷き、そのまま店を出た。

「マルバス殿を離れでお世話いたしましょうか」  屋敷に来て3日目、信者のひとりがそう聞いてきた。とはいえ、私には昼も夜もないから周りの人間の声だけでしか判断できないが。 「母屋からかなり距離がありますので静かですし、そのほうが落ち着いて治療に専念できます」  確かに、目の見えない私がうろうろしていてもできることはない。それに友は、私がそばにいると気が張って休めないだろう。

寺院での生活に戻ったようだった。朝は信者たちに説法をし、昼は托鉢のために彼らのひとりと共に外へ出た。夜は湯を浴び、柔らかい布団で寝る。あとは友さえ戻って来てくれれば……。  信者たちは私が外に出ることを好まなかった。しかし羽を伸ばせる唯一の時間だし、市民に危害が加えられているかもしれないと思うと、見回っておきたかった。  武器屋に会ったのは托鉢中だった。走り寄ってくる気配を感じ、声で彼だとわかった。 「マルバスは?」 「ここにはいない」  武器屋は私のうしろにいる信者に気づいたらしく、声を潜めていった。「ふたりだけで話がしたい」  私は信者に先に帰っているよう伝えた。かれは不満そうな声を漏らしたが、しぶしぶ承知した。 「預かっていたブラスターに伝言が隠されていた」  武器屋はどこか焦ったような声で言った。「7日経っても店に現れなければ、あんたを匿ってほしいと。信者たちは信用できないと」  あれから10日は経っていた。

正面から行くのは自殺行為だと、武器屋に止められた。怪しまれるといけないので、私は一旦屋敷に戻り、夜中に裏口で落ち合うことにした。  何食わぬ顔で夕餉を取り、湯を浴びる。誰も怪しんでいないようだ。不思議と平静を保っていられた。我ながら薄情な人間だな、と思う。彼が心配ではないのか、それとも必ず私のもとに帰って来てくれると知っているから。  皆が寝静まったのを確認する。キンっと冷えたような静けさだった。塀をつたい裏口へ向かう。門を開けると人の気配がした。武器屋はすでに待っていた。  手を引かれながら離れへ向かう。ふたりとも無言だった。武器屋が離れの扉を開け中を見回すが、見えない私でもわかる。誰もいない。 「本当に離れにいるのか」  信者たちは離れで世話をすると言っていた。だが、今となっては確証がない。  そのとき、複数の人の気配がした。誰かが屋敷の外に出たようだ。 「彼らに案内してもらおう」

屋敷からかなり距離があるそれは、蔵のようだと武器屋が教えてくれた。どちらにしろ怪我人を治療するための建物には感じない。寒い場所だった。  中にいるのは4人。私ひとりで十分だ。  全員を気絶させたあと、中に入った。杖で足元を確認しながら進む。奥に誰かいる。あとから入った武器屋が駆け寄る。「マルバスだ」  彼はぐったりと横たわっていた。いつも私のうしろに立ち、ぶつくさと文句を言いつつ着いてきて、私を守ってくれる。そんな姿はどこにもなかった。  武器屋が抱き起すと気がついたようで、微かに声が聞こえた。初めて聞くような、不安げな声だった。 「……誰だ?」 「俺だよ、マルバス。坊さんもいる。信者の連中はそこで伸びてるから、とっととここを出よう」  チアが? と彼が聞く。「匿ってほしいと、う……、伝えたのに……」  手を貸そうとすると、弱弱しい力で振り払われた。「……立てないんだ。足手まといになる。」 「今はそんなこと言っている場合じゃ、待て、マルバス、なんだその目は」  見えない私には彼がどれだけひどい傷なのかわからないが、ぼそりとつぶやかれた言葉は、信じ難いものだった。 「……目に、妙な液体をかけられて、目が……見えないんだ」  足も動かない、目も見えないのに逃げられるはずがない。奴らもそろそろ起きる。早くここを出ろ。 ―腹の底から何かが込み上げてくるようだ。得体の知れない何かが。  背後から呻き声が聞こえ、誰かが起き上がる気配がした。 「僧侶様」  掠れた声で呼ばれる。これは信者のひとりだ。真面目で、朝一番に目を覚まし、堂で座禅を組みながら、私の説法を待っていた。町にはほとんど毎日付き添い、気にかけてくれた。ひたすらに救いを待つ、心優しい信奉者で、 ―ベイズ・マルバスの目をつぶした男だ。 「僧侶様、お許しくださ、」  もう何も聞きたくない。

恐らく牢獄としての機能を果たしていたあの建物を出てすぐ、我々は一旦武器屋の家に落ち着くことにした。暴行を受けたうえに、何日もの間監禁を強いられた友の体はかなり衰弱していた。特に目の損傷はひどく、医療技術の発達していないジェダでは治せないだろうと武器屋は言った。 「あいつがここに来ていたのは幸運だったな」  武器屋は情報屋の男を呼ぶことにしたらしい。彼はあらゆる星を飛び回っているため飛行船も操縦でき、地理や個々の情勢にも詳しいから頼りになると。  情報屋はすぐにやって来た。 「あんたらの信仰には人を殴れって教えでもあるのか」  彼は開口一番、あの神経を逆撫でするような声で厭味ったらしく言った。大体の事情は知っているらしい。「あんたが一番よく知っていると思うがここでの治療は無理だ。ほっとけば失明する。どうしても治したいなら、離れてはいるがそこそこ医療が発達した星を知っている。そこならどうにかできるかもしれない。言っとくがな、もしそこまで連れていけってんなら金は払ってもらう。俺はこれっぽっちもまける気はないし、第一治療代だって高い。どうせあんたらは金を持っていないだろうからそこは俺が何とかしてやるが、倍にして返してもらうからな」  衰弱した体では、長時間の飛行に耐えられないかもしれない。多少医術の心得があるらしい彼がしばらく就き、様子を見ようということになった。 礼を言うと嘲笑された。「目の代わりがいなくなったら困るか」  違う、彼をそんなふうに思ったことは一度もない。  情報屋は暫く黙ったあと、忌々しげに呟いた。 「自分の目は治さなかったくせに」

金の工面などやったことがない。そんなものはすべて任せていたが、今はそんなことも言ってられない。昼は商人たちの用心棒をして金を稼ぐことにした。友のための金だ。  あれから意識はあるものの、床からは起き上がれないようだった。戻ってくると騒がしい声が聞こえた。嘔吐しているようだ。昨日も何も食べられなかったらしく、それがますます友の体を弱らせた。苦しそうな彼が心配で、そばに行こうと近づいてくる私に気がつくと、汚いからここに来るなと拒絶した。  いつの間にか3人で食卓を囲むことが当たり前になっていた。料理をつつきながら武器屋は困ったよう言った。「飯を食わないのは精神的な問題だろう。夜も魘されてるようだし」 「というと?」 「あそこで何かあったんだろうな。何も言わないが」  もうひとりの男は鼻を鳴らした。 「こういうときあんたらお得意のフォースとやらは助けてくれないんだな」  だんだん彼の嫌味にも慣れてきた。多少腹は立つが。 「フォースはそのような存在ではない。フォースとはこの宇宙に流れる、大きな流れのようなものだ。流れるに身を委ね、正しくあろうとし、いずれその流れに還る。それが信奉者の生き方だ」 「信奉者ねえ。あいつらみたいな?」  あいつら。ベイズの目を奪った― 「……彼らは信奉者じゃない。狂信者だ」 「どっちも同じだよ、俺にとってはな」  誰かが杯を置く音がする。「あいつらが何だったか知りたいか」  私は首を振った。正直関わりたくなかった。自分の心が制御できなくなりそうだった。

幼い頃、風邪をひいたときはいつもベイズがそばにいてくれた。心配そうに顔を覗き込んでは、手を握ってくれていた。彼がそうしてくれると、不思議と早く治る気がしたものだ。  今、この家で意識があるのは私だけだ。床に就いている友の手を優しく握る。微かな温かさを感じ、ほっとした。よかった、生きてる。少し腕が細くなっている気がした。  何か変わるわけではない。それでも私は、毎晩皆が寝静まると、彼の手を握る。早く良くなってくれ。お前がいなければ誰が私の世話をしてくれるんだ。早く元気になってくれ、早く、早く……。

すっかり日課となった小遣い稼ぎから帰り、友の床がある部屋を覗く。見えない彼が気づいてくれるよう声をかける。今日は珍しく起き上がっているようだが、雰囲気に違和感を感じた。彼は小さいが険しい声で言った。「用心棒をやってるんだって?」 「そうだが」私はなるべく冷静な声で答えた。「それが?」 「危険だから今すぐやめろ」 「嫌だ」 「なぜだ?」 「金を稼ぐためだが」 「金?」彼は怪訝そうな声を出した。「何のために?」 「治療代だ。お前の目を治す」  はっと息を飲む気配がした。 「そんなことしなくていい。俺のためにそんなことするな」 「お前のためでは……」 「だとしてもすぐにやめろ。何かあったら」 「うるさい! 何をしようと勝手だろう!!」  自分でも驚くほどの声が出た。狭い空間でびいいんと反響する。足音が聞こえる。別の部屋にいたふたりが様子を見に来たようだ。 「……すまなかった」  消え入りそうな声で、彼は忘れてくれと言った。

久しぶりに大声を出したから喉が痛い。  友が眠る部屋に入ると寝息が聞こえてきた。手を握ってもうどれくらいの夜を超えただろう。しかし、良くなる兆しは一向になかった。  相変わらず固形物を食べようとしないので、情報屋が液体状の栄養補給食品を調達してくれた。だが、それすらも口にしようとしない日があるらしい。日に日に痩せていく彼をただ見ていることしかできなかった。 「眠れないのか」  まさか起きるとは思わなかった。ひどく頼りなげな声だ。 「また外がうるさくて眠れないのか」  風の音すら聞こえない静かな夜だった。  夜、魘されることがないように、液体の中には少量だが睡眠薬が入っている。そのせいか、意識が混濁しているように思えた。恐らく過去の記憶との整理がつかなくなっているのだろう。 「いつもみたいに抱きしめててやろうか」  目が見えなくなってすぐの頃、ほとんどの情報を聴覚に頼っていた私は、些細な物音でも常人の何倍にも聞こえ、それが原因で眠れないことが多々あった。そんなとき、彼は私を胸に抱いて、騒々しさから守ろうとしてくれたものだ。 ―人の心配より自分の心配をしろ、馬鹿者。  だが仕方がない。折角だから今回は甘えておいてやろう。  床に入り、友の心臓に耳を当てる。波打つ鼓動は、私を眠りへ誘う。 「今日はやけに暗いな」 「星が雲に隠れているんだろう」

このままよくなる兆しがないなら、とっとと出発したほうがいいかもしれないと情報屋は言った。  家主は店で、今ここには私と彼と眠る男がひとり。 「治るのか」 「さあ。フォースとやらにでも祈ってるんだな」 「前にも言ったがフォースとは」 「宇宙を流れる大いなる力、だったか。で、あんたはそれに従って視力をみすみす手放したわけか」 「どうしようもなかった。それにこれもフォースによる導きだった」 「よく言うよ」  はたして彼は今どんな顔で私を見ているのか。彼には私がどう映っているのか。 「あんたの目が見えなくなったときの、あいつの顔を知らないくせに」  いつもの嫌味ったらしい響きとは違う。何の感情も込められていない声だった。 「あんたはあいつのこと何でも知ってる気になってるんだろう。あいつがあんたのいないところで何をして、何をされてきたか」  ベイズは私の前では昔と何ら変わっていなかった。愚直で、やたら世話を焼きたがる、でも心の優しい男だった。 「あんたの言うことが正しいなら、いっそフォースの導きに従って見殺しにしたほうがあいつのためなんじゃないか?」  それは― 「だめだ」  それはだめだ。ベイズが死ぬのは許せない。 「とんだ我儘だ。坊主が聞いて呆れるな」  情報屋はため息をついた。

力を込めすぎたのだろうか。昼間のことが思ったよりも響いているのかもしれない。 「眠れないのか」  友は優しく語りかけた。「怖い夢でも見たか」 「夢? ……そうだな、嫌な夢だった」 「こんなに暗いから、おかしな夢を見たんだろうな」  違う、暗いのはお前の目が見えないからだ、とはさすがに言えなかった。それに、彼の言う通り星明りのない暗い夜かもしれない。どちらにせよ、目の見えないふたりでは今夜の空は判断できない。 「……お前が死ぬ夢を見た」  友は黙ったままだったので、言葉を続けた。 「ひどく傷ついているのにお前はそれを隠そうとし、どんどん弱っていって私の前から消えてしまう。そんな夢だった」 「俺はどこにも行かない。ずっとここにいる。だから大丈夫だ」  嘘つきめ。お前は今死にそうになっているんだぞ。本当にわかっているのか?  こちらの気も知らないで、友は大丈夫、大丈夫だと穏やかな声で言い、私の手のひらをそっと撫でた。

肌寒いということは、もう日は落ちたのだろう。辺りはすっかり暗くなっているらしい。  3人で夕餉を取っていると、武器屋が震える声で呟いた。 「……マルバスの奴、今日は一度も起きてないぞ」  しばらくの沈黙のあと、情報屋が言った。 「明日、朝一番に出発する」  準備をしながら、情報屋は私に言った。 「坊さん、あんたは連れていけない。さすがにふたりも面倒見切れないからな」  その有無を言わせない声に、私は頷くしかなかった。  治療台だと言って今まで集めた金を渡すと、はした金だなと言いながらちゃっかりと受け取っていった。最後まで嫌な奴だ。

旅の安全と無事を願って手を握る。友の手はこの数日間ですっかり細くなってしまい、しばらくはブラスターも扱えないだろう。それどころか日常生活すらままならないかもしれない。もし無事に目を治せたとしても、この危険なジェダの地でどうやって暮らしていけばいいか。いや、考えてもどうにもならない。なんとかなるだろう。すべてはフォースの導きのままに。  しばらく物思いに耽っていると、突然手を握り返された。「眠れないのか」 「ああ」 「怖い夢でも見たのか」  思わず笑ってしまった。「怖い夢を見たのはお前だろう」 人の心配ばかりして、お前自身のことはどうでもいいのか。 「なあベイズ、教えてくれ。お前が何に苦しんでいるのかを」  あの場所で何が起きたのか。どんな光景を見たのか。 「このままお前が苦しむ姿を、ただ黙って感じているのはもう嫌なんだ」  静寂が辺りを包む。 「毎日、お前が罰を与えに来るんだ」  友は静かに語り出した。 「もちろんお前じゃないのはわかっている。出されていた水や食い物に幻覚作用のあるものが混ぜられていたんだろう」 罰を受けるのならその罪は? 「人を殺した罪、信仰を棄てた罪、穢れた身でありながらお前のそばにいる罪、お前に何もかもを背負わせた罪」  友はくすくすと笑った。「その通りだ」  お前は自分が罰を受けるべきだったと、そう言いたいのか? 「お前の姿をした奴が目に何かかけんたんだ。『私と同じ苦しみを味わえ』って」  吐き気がする。そんなものがフォースの導きであって堪るか。 「チアルート」  もういい。  穏やかで、何かを悟ったような声だ。彼のこんな声は初めて聞いた。 「もういい。……もう十分だ」  何を言っている。明朝にはここを発つのだろう。ジェダより遥かに施設が整っている星だ。きっとお前の目も治る。 「もういいんだ。自分の体のことは、自分が一番よくわかってる」  そんなことを言うな。明日に、明日になれば良くなる。何もかも。 「だから、俺なんかのために何もしなくていい」  違う。自分のためにやったことだ。 「すまなかった。お前に何もかも押しつけてしまった」  私たちは幼い頃から共に過ごしてきた。支え合うのは当然だろう?  ……お前はそうは思ってなかったのか?  ひとり罪の意識に苛まれながら苦しんできたのか? 「……ありがとう。そばにいさせてくれて」  存在が次第に希薄になっていく。彼を取り巻くフォースが色を失い、周りに溶け込んでいくようだ。 「お前といれて、……幸せだったよ」  やめろ、ベイズ、逝くな。死ぬな。ずっと護ると約束してくれたじゃないか。すべてを捧げると。なのに私を置いていくのか。いや、そんなことどうでもいい。私から離れてもいい。ただ、生きてさえいてくれれば。お前が生きてさえいてくれれば、それだけでいい。  声を上げると、すぐに別室にいたふたりが入ってくる気配がした。情報屋は状態を確認し一通りの処置を施すと、瀕死の友を抱えすぐに出発した。

「あの男はマルバスに一度、命を助けられたことがあるんだよ」  ここにいるのもふたりだけになってしまった。人が減るとそれだけ音や気配も減る。武器屋は友が帰ってくるまでいればいいと言ってくれた。 「借りを返したかったんだろう。俺もマルバスには何度か助けられた。だからあんたにも手を貸す」  彼の声には不思議な温かさが含まれていた。 「あいつの存在に救われている人間もいるんだ」  あんただってそうだろうと老人は笑った。

夜のジェダは冷える。窓から空を見上げるが、当然私の目には何も映らない。まだ見えていた頃、夜空の下に出るといつも満天の星が迎えてくれた。そのどれかひとつに友はいるのだろう。  ふたりが帰ってくるまでに借金を返すための金を作りたいと伝えると、武器屋の男は仕事を斡旋してくれた。どれも比較的安全なもので、依頼者たちは皆友の知り合いだと言って良くしてくれた。そばにいなくとも、彼は私を助けてくれる。  大丈夫、ベイズは絶対に私のもとに帰って来る。根拠はない。が、奴は律儀な男だ。必ずここに戻って来てくれる。だから、お前が安心して帰ってこられるように、私はここでずっと待っている。 [

腕は鎖で拘束され、足の傷は好都合だと何度も踏みつけられた。これじゃあ逃げられそうにないなと、頭の中でぼんやり思った。  小さいがいくつか窓があるから時間帯は辛うじてわかる。連中が来るのは夜。殴られ気絶しても、水をかけられすぐに覚醒させられた。貴様には罪がある、あの方には相応しくない。だからこれは贖罪で、必要なことなのだと奴らは言っていた。  チアルートが来たときはさすがに驚いたが、腹を蹴られ、すぐに本人ではないことに気がついた。幻覚剤でも混ぜられたのだろうと舌打ちした。  チアルートの姿をした奴は次の日もその次の日もやって来た。そのほうがより、俺を苦しめられると思ったんだろう。連中の思惑通りだ。奴が来るたびに、心のどこかで助けが来たのだと思い、裏切られた。毎回淡い期待を抱いている自分に腹が立った。  ある夜、奴は水の入った瓶を持ってやって来た。 「細胞組織を破壊する液体が入っている」  奴は口の端を上げた。「これをお前の目にかける」  私と同じ苦しみを味わえ。  凄まじい痛みが眼球を襲い、そのまま意識を失った。  ようやく気がついて目を開けるが、何も見えなかった。辺りは真っ暗で、どこまでも闇が広がっていた。 ―お前はこんな世界で生きていたんだな。  目がじくじくと痛む。溺れているみたいに息苦しい。いっそこのまま溺死してしまったほうが楽だ。  そのとき誰かが腕を掴み、勢い良く引っ張り上げられた。