ベイズとキャシアンがひたすらしゃっべてるだけです。 彼らの言っていることがすべて本当のこととは限りません。でも夜のお話ってそんなものですよね。
何度目かの寝返りを打つ。すでに船のあちこちから規則正しい寝息が聞こえていた。このまま安眠が得られるとは思えず、風にあたろうとそっと抜け出す。 外には先客がいた。普段は重装備に包まれている男も夜はアーマーを脱ぎ、大型のブラスターもそばに置いていた。 「どうした?」 若い将校は肩を竦めた。 「眠れなくて」 そう言って男の隣に腰掛けた。 「ベイズ、何か話をしてくれないか」
何か話をって言われてもな、そんなに面白いことはないぞ?俺はしゃべりもあんまりうまくないし。 わかった。まだ俺が寺院にいた頃、庭の中心に大きな木があって小さいときは誰がいちばん高いところまで登れるか競走したものだ。 チアルートは今でこそあんなんだが昔は負けず嫌いのやんちゃ坊主で、木登り競争も率先してやっていた。でもあいつは周りの子らより小柄でなかなか勝てない。よく負かされては俺に八つ当たりしてたよ。今も昔も我儘なところは変わらないな。 どんなに馬鹿にされても奴は諦めきれず人知れず特訓してた。なぜか俺も付き合わされた。俺も昔からあいつの我儘に振り回されてたな。 その甲斐あってか、奴は木登りでは誰にも負けなくなった。日々の特訓のおかげで筋力もついて、気づいたときには寺院でいちばん腕の立つ奴になっていた。 チアルート・イムウェは化け物並みに強いがそれはすべて努力の賜物だ。あいつ自身はそんなところ臆面にも出さないし飄々としてるが、俺はチアルートのそういうところが、その、なんて言うか、すごい奴だなと、思ってる。 くそ、今日はもう終わりだ。明日はキャプテン、お前の話を聞かせろ。
今夜は俺の番だな。俺も友達の話をしようかな。 Kを与えられたときは正直驚いた。いくら再プログラムしたとはいえ帝国のアンドロイド。しかも大きくて真っ黒で威圧感があるだろ?嫌味ばっかり言うし。始めは怖くてたまらなかった。 その日はかなり大規模な作戦があった。大人も子供もたくさん動員されて、俺ももちろん参加した。だけど作戦自体は失敗、俺はなんとか生き残ったけど大怪我をして、仲間も何人も死んだ。多分あとにも先にも、あんなに死ぬことが怖くなったことはない。昨日まで話していた友人が次の日には黒焦げになって横たわっている。俺たちの命ってゴミみたいに軽いんだなって。 俺が怪我したり死んだりしても悲しんだり心配してくれる人もいない。それが寂しくてたまらなかった。おまけに傷が痛くてめそめそ泣きながら蹲っているとKがやって来た。またいつもみたいにごちゃごちゃ言われるのかと思ったけど違った。Kはずっと黙ったままじっと俺を見てて、俺が泣き疲れて眠ってもそばにいてくれた。 それまで機械に心なんてないと思っていたけど違うだなって感じたよ。アンドロイドにだって感情は宿るし、逆に人間なのに心がない奴だっている。……Kは人間じゃないけど大事な友人だよ。本人には絶対に言わないけど。 俺の話はこれで終わり。明日はベイズ自身の話が聞きたいな。
昨日の話だがな、キャプテン。昔はどうか知らんが少なくとも今は、俺はお前に怪我したり死んだりしてほしくないと思う。他の連中だってそう思ってるだろうよ。 さて、じゃあ今夜はご要望にお応えして俺の子供の頃の話をしよう。寺院に入る前の話だ。 うちは兄弟が多くてな、いとこや祖父母もいたから大所帯だった。貧乏だから子供でも働かされるし自分より小さい奴の面倒も見なきゃならん。おまけに食いもんも足りなくていつも腹を空かせてた。 父親は3回妻を娶った。最初の妻、俺の母親は物心ついたときには死んでいた。継母たちはそれなりに愛情持って接してくれたから特に生みの親の存在を意識したことはなかった。 ある日俺は水汲みを頼まれたんだ。ジェダは雨が少ない。暗い洞窟の先に貯水池があって地下からの水が湧き出していた。その暗い道を灯も着けずに進む。慣れた道で気が緩んでいたのがいけなかった。俺は足を滑らせて貯水池へ落ちた。そういう事故はたびたび起きていたが、まさか自分に降りかかるとは思わないだろ?大人でも溺れ死ぬ程の深さだ。子供はまず助からない。 冷たい水の底に引きずり込まれて、始めは必死にもがいていたが息が続かなくなってきた。手足の先がビーンと痺れて頭がくらくらした。このまま死ぬんだと思った。 突然白い手に抱きかかえられた。さっきまで意識が朦朧としていたのに、不思議とはっきり顔が見えたんだ。女だった。自分の、本当の母親だってなぜかわかった。顔も覚えてねえはずなのに。岸に押し上げられて、気づいたら女は消えていた。水は黒く濁ったままで、人の姿なんてどこにもなかった。 あれから何度か貯水池には行ってみたが女の姿は見ていない。でもあれは、確かに死んだ母親だと思う。俺がそう思いたいだけかもしれないが。 寺に預けられることになったときもすんなりと受け入れられた。あんなもん見ちまったら魂もフォースも信じるしかない。 チアルートに?言ってない。言ったら調子に乗るだろ?
昨日はありがとう。不思議な話だった。俺からもひとつ、ずっと気になっている話をしていいかな。 あれはとある辺境の星で任務にあたっていたときのことだ。そこは本当に何もなくて見渡す限り砂漠が続いていた。そうだな、少しジェダに似ている。 任務に就いていたのは俺ともうひとり。Kを船に残して俺たちは淡々と言われたことをこなしていった。 でもその星にも帝国の手は伸びていて、ストームトルーパーに見つかった俺たちは砂と岩だらけの中をひたすら逃げ回っていた。うしろから爆発音と仲間の悲鳴が聞こえたけど俺は振り返らなかった。とにかく隠れる場所を探した。 運よく岩陰を見つけて、俺はそこでじっと息を潜めていた。トルーパーたちはゆっくりと近づいてくる。殺される覚悟でブラスターを握りしめた。 空気を裂くような音がしてトルーパーのひとりが崩れ落ちた。フードを深くかぶった男……か女かはよくわからなかったけど、そいつがトルーパーたちを見たこともない武器で蹴散らし始めた。あれは何だったんだろう、ブラスターじゃないと思う。銃というより剣に近いような……。でも手練れだったのは確かだ。あっという間に全滅させると、こちらを見ようともせず砂の中に消えていった。 無事に船に戻れた俺は同盟軍の基地に戻った。仲間がいないことを、Kは何も聞かなかった。そうなんだ、変なところで鋭い奴で。 砂漠で会ったフードの奴の正体を聞いてみたが誰も心当たりがなかった。同盟軍の関係者ではないらしい。あいつの正体は何なのか、他の星でも聞いたことがあるか? そうか。誰だったんだろうな、一体。
キャプテン、あのあと考えてみたんだがそいつはもしかして……。いや、いい。何でもない。気のせいだろう。 さて、今夜は俺が話す番だ。ジェダを離れていたときの話をしようかな。 一時期難民を輸送する船の用心棒として雇われていた。船の中には女と子供ばかり、20人くらいだったか。俺はこの通りの面だから始めは誰も寄り付かなかったが、あるとき少女が近づいてきてこう言った。「立派なお髭ね」 俺が危険なものじゃないとわかると他のガキどももわらわらと集まってきた。子供が懐きだすと自然と女たちとも会話も増える。父親代わりってほどでもないが……。そうだといいな。 前にも言ったが俺の家は大所帯だったから、ガキどもの遊び相手をしていると少しだけ子供の頃に戻れる気がした。故郷を棄てて殺伐とした日々を送っていたがこの仕事だけは結構楽しくて、だから妙に記憶に刻まれている。 目的地まで無事送り届けて、あの少女が俺に言ったんだ。「また会える?」って。俺は約束した。 その10日後、彼らのいる街が爆撃された。街は跡形もなく消滅した。 誰が、何が原因で攻撃されたのかは俺にとってはどうでもいい話だ。大事なのはなぜあの子らが死ななきゃならなかったのか、だ。あの子らはまだ子供で、未来があって、なんで俺は生きていて代わりに罪のないあの子らが死んだのか。 時代や運のせいにもできる。あいつだったら「これもフォースのお導きだ」なんて言うだろう。でも俺は、そこまで割り切れない。
俺は夜が怖いんだ。暗くて何も見えなくなるし、皆眠ってしまうとひとりだけ取り残されたような気分になる。眠ると今どうなってるかわからなくなるだろう?目が覚めるとよくないことになってそうで嫌だ。だったらずっと起きて見張っていたいと思う。昔からの癖かもしれない。 同盟軍に拾われて間もない頃、まだ子供で体力のなかった俺はその日も任務が終わると泥のように眠っていた。突然地響きと大きな音がして、目を開けると基地が木っ端みじんに吹き飛ばされていた。 ある星に遠征に行ったときは夜にキャンプを襲撃されて、俺はたまたま起きてたから助かったけど、同じくらいの年でいちばん中のよかった友人が殺された。 ここに拾われたときのそうだった。母さんと父さんと一緒に眠っていたはずなのに、気がついたらふたりともいなくなっていて、ぜんぜん知らないところに連れてこられてた。 眠って目が覚めると世界が俺の知らない間にがらりと変わってるんだ。それが怖くて……。だから夜は大っ嫌いだ。
「ふたりで何してるの?」 女の問いに固まる。 「え?」 「だから、いつも、夜、ふたりで、何してるの?」 ああ、あれか。 「話をしている」 「話?何を?」 「何って……」 特に取り留めのない話だ。わざわざ聞かせるものでもない。 女は眉間に皺を寄せる。 「どうでもいい話をするために一晩中起きてるの?あなたたちいつ寝てるわけ?」 彼女の意図が読めず黙っていると深い溜息が聞こえてきた。 「ねえ、今夜私も行っていい?」
私の話を? いいの?交代で話してるんでしょう? じゃあ、私も子供の頃の話をしようかな。 一時期パパの仕事の都合でコルサントに住んでたことがあったの。知ってる?高いビルがたくさんあって、夜になると周りの建物の灯ですごく綺麗なの。よくママと見てた。 そこにね、すごく綺麗な女の人が住んでいてよく一緒に遊んでくれた。えーと、名前は……思い出せない。何がきっかけで仲よくなったのかも忘れてしまったけど、とにかく優しくしてくれて。憧れのお姉さんだったなあ。ふふ、そう?ありがとう。 あるとき彼女が宝を見せてあげるって言ってね。懐から木のお守りを取り出して大切な人から貰ったものだって。不思議な模様が刻まれてほんのりと温かかった。彼女の大切な人には会ったことないけど、ふたりがお互いを想い合っていてこのお守りもとても大事なものなんだってことは子供の私でもすぐにわかった。そういう人がいるのは羨ましいことだなって。少しませてたのかもね。 小さい頃の出来事だけど彼女のことは今でもよく覚えてる。 はい、私の話はこれでおしまい。ふたりとも寝る時間だよ。 ……わかった。でもなるべく早く寝てね?休めるときに休んどかないと。 うん、ありがとう。おやすみなさい。よい夢を。
どれくらいの物語を彼と交わしたかわからない。闇の中でも誰かと共有する時間は心を穏やかにしてくれる。 夜が少しだけ好きになれる気がした。