本編後のテン・リングスさんたち。 絶対ウェンウー過激派がいたはずなんです…。 名前ありのモブがいます。
「やっぱり俺も残ろうか」 思い詰めた表情の兄を見て、シャーリンは笑ってしまった。 「大丈夫だって何度も言ったのに」 「でも」 彼は昔から、なんでも考えすぎるきらいがある。 「一緒に戦ったとはいえ、俺たちを殺そうとした連中だ。父さんもいなくなって今は大人しくしていても、また襲ってくるかもしれない」 「よく確認もしないで契約書にサインするようなひとがいても、ねえ」 「それはもう言うなって」 たったひとりとなった家族の身を案じる彼の気持ちは、わからんでもない。 「大丈夫」 シャーリンは今度こそ、兄のために笑顔を見せた。 「仕事もあるんでしょう?」 「これだけ休んでたらクビになっているかもしれないけどね……」 「それはしかたがないけど。お友達も無事に帰してあげないと」 「お前はどうする?」 十年という月日はあまりに長すぎた。それはひとりの少女を、狡猾な獅子へと成長させるのに十分な年月だった。 「大丈夫。私はちゃあんと手を打ってあるから」
リウ・レンは十五で家を出て以来、ずっとウェンウーに仕えてきた。人生も半ばを過ぎ、まさか老板を失うことになろうとは、夢にも思わなかった。少なくとも、先に死ぬのは自分だろうと考えていた。 老板は千年生きた男だった。若い衆は笑うが、レンは信じている。ウェンウーは出会ったときから今まで、何ひとつ変わっていない。容姿も、精神も。 いや、ひとつだけ。二十年余り前、あるできごとをきっかけにウェンウーは変わった。所帯を持つと言い出した。 家族。千年生きる男に似つかわしくない言葉だった。結局彼は戻ってきたが、愛する者のために命を落とすこととなった。 後任にやって来たのは若い娘だった。てっきり息子のほうが継ぐのかと思った。 同じ屋敷で過ごしたはずだが、娘に見覚えはない。ウェンウーが頑なに顔を見るのを拒んでいた。理由はわからない。 「相変わらず黴臭いところだね、ここは」 娘は美しく成長していた。しなやかな四肢が若木の枝のように伸びている。真っ直ぐに引いた赤い紅が視界の端でちらついた。 「ここを去ってもいい。勿論、止めはしないよ」 彼女は自分の部下を屋敷へ上げた。抜かりない女だ。 レンは留まることを決めた。大人しく息を殺していれば、近いうちに好機が巡ってくる。
まず始めに、レンは仲間を集めた。彼に賛同する者たち。若いやつは駄目だ。古くからの仲間で、変化を好まない者たち。小娘ごときにこの組織が治められるはずがない。このままでは衰退してしまうだろう。これはテン・リングスを救済するために必要なことだ。 レンはひとりの男に目をつけた。ウェンウーに気に入られていた、白人の男だった。体格もよく、腕も立つ。老板に並々ならぬ忠誠心を抱いていた彼なら、現状を憂えるレンの気持ちもわかってくれるだろう。 「話がある」 レンは早速、男に声をかけた。 「お前はこの状況をどう思う」 「どう、とは」 広場では、女たちが男に混じって訓練をしている。 「ここから見えるものすべて、だ。ふざけた壁の画も、小娘たちも、何もかも」 男は押し黙った。 「昔の『家』が恋しいなら、日が変わった頃に離れへ来い」 そこからふたりの会話は途絶えたが、男がくることをレンは確信していた。
予想通り、辺りがどっぷりと闇に沈んだ頃、離れの戸を叩く音がした。仲間たちには先に伝えてあったので、誰も驚かなかった。 「入れ」 男は大柄なので、部屋が一気に息苦しく感じる。 「人数はこれだけか」 「ああ。全部で十五。ここにいる全員だ」 「そうか」 男はゆっくりと部屋を見渡した。 「手間が省けた」 レンの視界の端で、赤い刃がちらついた。