死ネタ
南の魔女が死んだ。オズでいちばん年をとっていると思うくらい、よぼよぼの老女だった。大往生だ、とみんな言う。 記憶のある限り、彼女は今にも死にそうな年寄りで、だからこそ永遠に年寄りのまま生き続けるものだと思っていた。遠くからでもわかるくらい、いつもにこにこしていた。まるで生まれてこのかた、不幸なことなど何もなかったかのように。 葬儀は盛大に行われた。国中から人々が集まり、魔女に別れを告げた。みんな悲しそうで、しかしどこか晴々としていた。みんなに笑顔で見送られて、やはり彼女は「善い魔女」なんだろう。 みんなパレードに出かけてしまい、棺が置いてある堂には私ひとりしかいない。別れを惜しんでいるわけではなく、今晩ここの掃除や管理を任せられているので、離れられない。手持ち無沙汰になってしまって、とりあえず床でも掃こうと箒を掴む。 そのとき、扉が開いた。真っ黒い格好の女が立っている。帽子を深くかぶり、顔はよく見えない。 「南の魔女の棺はここに?」 彼女はそう尋ねた。低く掠れて、心地よい声だ。 「はい」 「そう。お別れを言ってもいい?」 「もちろん」 靴が大理石の床を蹴る固い音が響き、女が棺の前に来た。 「静かね」 女は言った。 「みんな昼まではここに来て、今はパレードに出かけてますから」 「あなたは行かなくていいの?」 「一応仕事なので」 女は黒い手袋をしていた。何から何まで真っ黒だ。彼女は跪き、そっと棺を撫でる。 「この子を知ってる?」 「何度か見たことあります。遠目だけど」 「そう」 「すごい魔女だったんでしょ? でも本当かなあ。このひとが魔法を使うところなんて見たことないし」 カラクリ頼りの魔法を使えない魔女。そう言う者もいた。実際、私の知る限り、南の魔女が魔法を使うところを見た者はいない。それに、魔法を使える者を見たこともない。魔法なんてただのデタラメ。おとぎ話だ。 気を悪くするかと内心焦ったが、女は私の話を聞いてくすくす笑った。 「あなたは魔法がないと思っているのね」 「というか、もう誰も信じてないよ」 「あら、そうなの。残念。でもね、彼女は確かに魔法が使えたのよ」 爆発音が響き、窓から色とりどりの光が差し込んだ。パレードでは、きっとメインの花火が打ち上がっている。 花火のせいか、女の顔が緑色に光って見えた。 「あなたたちにはわからない魔法だったかもしれないけれど」 「本当に? 魔法はあるの?」 「ある」 女が手をかざすと、立てかけていた箒がふわりと浮かんだ。 「いつかあなたも飛べるように」 かん、と軽い音がして、箒は地面に転がった。女の姿は、いつの間にか消えていた。 私は箒を拾い上げ、まじまじと見つめる。箒は微動だにしない。当たり前だ。これは飛ぶためのものじゃないんだから。でも。 「ねえ、あなたって本当に魔女だったの?」 南の魔女は答えない。