陸でのラブラブライフ→帰還くらいの話。

沈黙が続いていた。  目の前には見知った隣国の女王陛下。しかし、その顔は記憶にあるものからほど遠い。口の端は切れ、腫れ上がった瞼が紫色に変色している。頬にははっきりと切り傷があった。  その痛々しい唇がゆっくりと開く。 「なあに?」  ネレウスはなんと声をかければわからず、黙ってしまった。こういうとき、例えば彼女の家臣である参謀や、彼女の夫でありネレウスの友人でもある隣国の王であれば、うまい言葉を紡げるだろ。しかし、生憎ネレウスは口が達者なほうではない。 「女王陛下……」  しばらく迷ったあと、ネレウスは口を開いた。 「随分と、精悍な顔立ちになられましたな」  アトランナは目を見開くと、耐えきれず吹き出し、やがてげらげらと笑った。 「そんなにおかしいことを言いましたか」 「ごめんなさい、だって……ふふふっ」  未だに笑いが止まらない彼女に、ネレウスは内心ほっとした。正解ではないが、失敗でもなかったらしい。 「何があったのか、聞かないのですね」  アトランナの言葉に、ネレウスはまた黙ってしまった。何があったのか。どうしてあのようなことをしたのか。そんなものは、周りの者から散々聞かれただろう。  ネレウスは彼女を責めに来たわけではない。ただ、今会って話をしないと、彼女たちがどんどん遠くへ行ってしまうような気がした。それが恐ろしかった。 「貴国のことに首を突っ込むつもりはない」  アトランナには、この言葉だけで十分だろう。  女王が数年ぶりに帰国したというのに、城の様子は少しも変わってなかった。誰がいなくなろうと、世界は回る。民は生きる。国は歩み続ける。多分我々が執着しているものというのは、思っている以上に小さく脆く、くだらない存在なのかもしれない。 「また来てください」  アトランナは微笑んだ。 「あなたが来ると、夫が喜ぶ」 「だといいけど」 「それにバルコも」 「あいつが?」  取り澄ました顔の参謀の姿が浮かぶ。そういえば、ここに来てまだ一度も彼を見ていない。 「喜んでますよ」  ふっと、女王の顔に影が差した。 「バルコが、私の顔を見るたびにつらそうな顔をして」 「煩わしい?」 「まあ、正直」  苦笑するアトランナの様子から、痛ましそうな表情で主を見つめる男の姿が容易に想像できた。彼は女王陛下のことになると、些か心を乱しやすいところがある。 「それでは、少しばかり話し相手でもしてきましょう」 「ありがとう。きっと彼の気分も晴れます」 「いえいえ。陛下のお望みとあらば」  アトランナはまたくすくすと笑った。今はそれだけで十分だった。